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EP特許として記載されるべき情報
特許業務法人 原謙三国際特許事務所
平成20年1月19日
(文責:新 井)
1.はじめに
発明概念をサポートする情報を特許出願に含めることが望ましいと考えられてきました。しかしながら、多くの場合に指摘されてきたように、英国特許法およびEPCのいずれにも、具体的な実験データまたは動作例を記載しなければならない旨の規定はありません。このように英国特許法およびEPCのいずれにも法的指針が示されていないので、出願人は、EPOにおいて、異議申立手続や審判手続、または、各国内における侵害手続や取消手続等の法的手続において、反論することを余儀なくされています。
その結果、有効な法定独占を得るために、出願人は、出願時に、しばしば最低どれくらいの情報を特許出願に記載しなければならないかについて悩むことになります。これに対する回答は、簡単ではありません。事実、情報量は、ファクタ(技術分野における発明自体の性質や一般常識を含む。)の数に応じて異なります。必要な情報量は、特許付与のために充足しなければならない種々の特許性の判断基準によっても異なります。後者が、多数のUK裁判所の重要判例に関連してきました。
最近の判例(recent rulings of Justice Kitchin in the Patents Court in Eli Lilly & Company v Human Genome Sciences Inc [2008] EWHC 1903 (Pat), 31 July 200 (Lilly)やHouse of Lords in Conor Medsystems Inc v Angiotech Pharmaceuticals Inc & Others [2008] UKHL 49, 9 July 2008 (Conor))において、必要な情報量に関する重要な方針が示されました。しかしながら、これらの判例は、主として、2つの異なる特許性(すなわち、産業上の利用可能性と進歩性)の基準に関するものです。しかも、各基準の結論は、微妙に異なっています。
ここで、次のような疑問が生じます。すなわち、出願明細書を作成する際、基準ごとに求められる情報の折り合いをつける余地はあるのでしょうか。あるいは、特許権者は、進歩性および産業上の利用可能性の各要件を評定しなければならないのでしょうか。この疑問に答えるためには、上記2つの判例を詳しく検討する必要があります。
2.必要な情報量に関する重要な方針が示された2つの判例
(2-1) Conor Medsystems Inc. v Angiotech Pharmaceuticals Inc, and others, 2008
英国貴族院による重要な裁定(ほぼホフマン卿によってなされました。)において、 “obvious to try”アプローチに基づく進歩性攻撃の閾値は高くなってきています。この裁定は、しかしながら、進歩性を超える、多くの微かな暗示を与えているものであるかもしれません。
本件のメインクレームは、タクソールで被覆されたステント(a stent coated with taxol)に係るものです。問題となったクレームは、再発性のある狭窄を治療または回避するステントを規定するクレーム12(クレーム1の従属クレーム)でした。クレーム12が自明ではないとの結論に至った際、ホフマン卿は、「しかしながら、私の見解では、方針上の問題として、明細書が発明をもっともらしくするのに充分開示しているか否かのテストをパスしたら、発明者の特許が動作するという結論を正当化するために特許が提示する証拠の量に応じて異なるテストを受けて自明か否かを判断しなければならない理由が存在しない。」旨の意見を述べました。
その代わりに、ホフマン卿は、次のことを強調し続けました。すなわち、「特許法において、物の発明(たとえば、クレーム12に記載の物)が進歩性を有するためには、出願は、発明を実際に動作させることを示す必要がない。もし、その発明が実際に動作しなかったら、その特許は不十分との理由により無効とされることも理解できる。しかしながら、そのような状況は、発明が単なる思惑(speculation)に過ぎない状況とは大いに異なっていることを強調しました。
進歩性判断で求められると思われることは、発明概念の実現がもっともらしいことである以外にありません。すなわち、EPOの言葉を借りて言えば、解決策によって課題が解決されることがもっともらしいということです(T 1329/04)。確かに、もっともらしさの要件は、先導的な審判事件(AGREVO (T 0939/92))の審決に合致しています。
ホフマン卿が理解しているように、審判部は、「クレームに記載の化合物の選択を正当化する技術的効果は、選択された実質的に全ての化合物によっても公平に奏されると想定し得るものでなければならない。」旨見解を示しています。このように、当業者にとって、『公正に想定』できるものでなければなりません。換言すれば、発明概念が実現されたことが、当業者の観点から、もっともらしくなければなりません。
(2-2) Eli Lilly and Co. v Human Genome Sciences, Inc.
本判決は、UK特許法の第4条の解釈に必要な指針(特に、バイオテクノロジー的傾向を有する発明に必要な指針)の多くを与えたものであることが広く認められています。最終的には本件特許クレームの全ては無効であると認定されましたが、問題のクレーム1は、HGS(Human Genome Sciences, Inc.)によって次のように補正されました。
An isolated nucleic acid molecule comprising a polynucleotide sequence encoding a neutrokine-a polypeptide wherein said polynucleotide sequence is selected from the group consisting of:
(a) a polynucleotide sequence encoding the full length neutrokine-a polypeptide having the amino acid sequence of residues 1 to 285 of SEQ ID NO:2; and
(b) a polynucleotide sequence encoding the extracellular domain of the neutrokine-a polypeptide having the amino acid sequence of residues 73 to 285 of SEQ ID NO:2.
判決を形成する際、Justice Kitchinは、US裁判所の先導的な判例(Brenner v Manson 383 U.S. 519 (1966) とUS Court of Appeals for the Federal Circuit in Fisher v Lalgudi (2005) 04-1465, 09/619,643)と、EPO審決とに多くの言及を行いました。
Justice Kitchin によって言及されたEPOの審決のうち、最も関連する事項は、発明の性質から又は従来技術から自明ではない場合、直接的に派生するという意味では、開示が『直接的』でなければならないという要件です。
EPO審決(T 0898/05)によれば、『収益性の高い用途』が、『直接且つ具体的な収益』という意味に解釈されるべきであるとされています。
EPO審決(T 0870/04)によれば、出願において開示された実行可能な用途のみとは、発明自体についての更なる知識を確認するために発明を利用することである(すなわち、上記の直接要件(the immediacy requirement)は充足されていなかった)と判示されています。
以上のように、上記2つのEPO審決のいずれもが、共通の一般知識を適用する責任を出願人に課す以外、公衆から求められるものだけを開示する責任を出願人に課しているようです。
ヨーロッパ、米国、および英国におけるポジションに関するJustice Kitchinの分析は、産業上の利用可能性の要件に係る以下の一連の重要な方針に要約されています。
たとえば、明細書は、産業活動の少なくとも一分野において発明を実施する方法を開示していなければならない。発明が自明でないのであれば、貢献が産業において実用化に導くことが可能であることを認識するために十分且つ具体的な根拠が存在し、明確な技術用語で発明の目的を開示し、課題を解決するためにどのように発明を用いることができるのかを開示し、明細書から直接実施化の見込みが存在しなければならない等々。
Justice Kitchinは、上記の方針が、以下のことを意味するとしています。すなわち、EPOの指令に合致すると共に米国裁判所によって採用されたアプローチと合致し、法定独占のために、どのように実用されるかを含み、特許権者は発明の全開示をしなければならない。
Justice Kitchinは、次のように結論しました。すなわち、「産業上の利用可能性の用件を欠いており、記載が不十分であり且つ自明であるので、本件特許は無効である。Neutrokine-aの発明のメリットがどうあれ、明細書には、発明がどのように有益であるかについての思惑しか含まれていない。したがって、技術的課題を解決する方法と、Neutrokine-aの応用範囲についての教示がどのようにもっともらしいかについて、当業者に教示するものではない。しかも、少なくとも、治療のための物と診察のための物を記載したクレームは不十分である。この分野は、多くの研究者が活発に研究している分野であり、本出願は、遺伝子配列の公衆利用、及び、どのように研究を行い得るかの観点から急速な進展がなされていたときにファイルされたものである。優先日直後に他の研究チームがNeutrokine-aを発見しても不思議ではない。おそらく、これを予期したればこそ、HGSは非常に迅速に本出願をファイルしたのであろう。しかし、その際、HDSは、たんぱく質がどのように使用されるかについて開示しておらず、これを補うためには研究プログラムが必要であった。HGSは、公衆に十分な補償利益を与えることなく、未開拓の技術分野において広い権利範囲を確保した。」
HGS出願が、発明の実用例を開示した点において争点になることはありません。事実、その出願は多くの実用例について開示しています。しかし、争点になるのは、この実用例の提示が単に「思惑」であったかどうか、あるいは、当業者が納得し実際に試みようとするものであると考えられるかどうかです。裁判官は、本件において、たんぱく質の単なる特定では、発明概念の産業上の利用が開示されていたことを立証するには不十分であると判示しました。このことは、上記審決の「直接」の基準に合致していると考えられます。
しかしながら、このアプローチは、進歩性の評定に必要な情報に係るConor事件やその他の多くのEPO審決で支持された「もっともらしさ」の要件と相容れるものでしょうか。実際には、開示された実用例の一つが発明を実施したものであることが少なくとも「もっともらしかった」か否かに関し、裁判官は解析していなかったようです。
もっともらしいが、過度な負担が無いわけではない。Lilly事件とConor事件とから並行に方針を定めるとすれば、出願は、産業上の利用可能性の要件を充たすのに十分な情報を開示するためには、直接の(EPO Board of Appeal decision T 0898/05の意味において)実用が派生され得るのに十分な情報が存在しなければならない一方、進歩性が確認されるためには、発明の概念を、少なくとも、もっともらしくするためだけに十分な情報を有していなければならないようです。
進歩性の場合よりも多くの情報が産業上の利用可能性の基準を充足するために必要であることをUK裁判所やEPO審判部が意図しているのでしょうか。産業上の利用可能性が広く解釈されている現状を考えると、これは特に厳しいと感じるかもしれません。しかし、基準が進歩性(すなわち、少なくとも、もっともらしさ)の基準と合致していると考えた場合、出願人は、注意しすぎて失敗するかも知れませんし、できるだけ多くの応用例を含めるかも知れません。なぜならば、当業者であれば、少なくとも一つの応用例において発明が実施されるか又は利用されることが、少なくとも、もっともらしいと疑いなく考えるからです。
もちろん、そのようなアプローチは危険を伴います。この点に関し、Judge Kitchinは、HGSの特許において開示されている応用例の範囲の広さについては特に関心を引かれない旨の見解を示しています。また、Conor 事件の判決とは別に、Walker卿は、 係争中の特許明細書において、発明概念がほとんど埋没した状態で情報が非常に多く含まれていることに気づいていました。
このように、Judge Kitchin は、「開示された実用例の少なくとも一つにおいて発明が実施又は使用されたことはもっともらしかったが、このことは当業者に過度の負担を強いることなく証明できない」と考えています。
それでは一体全体、どのくらいの情報を開示すれば十分かという問題が生じます。全てのケースにおいて、サポートする情報を出願において提示することはすこぶる有益であることを認識することは重要です。したがって、二重の安全対策アプローチ(“belt and braces” approach)を採用することが好ましい方策です。そうは言うものの、或る状況下では、時間が重要であり、同様他社を打ち負かすことが至上命題となります。これらの状況下では、有効なUK特許を確保するために、Judge Kitchin が説く方針に近い状態のものをできる限り充たす十分な情報が必要となります。
以上より、当業者が確認するのに過度の負担を強いることなく、クレームにおいて定義された発明が少なくとももっともらしいことを確実にするのに十分な情報を出願時に開示しておくことが好ましいと考えられます。
リンク先:
http://www.dyoung.com/newsletters/patentnewsletterextra1208.htm
以 上