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パテント・トロール,および,ソフトウェア特許権の行使の考え方

2008年2月26日
                        特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
                               文責:弁理士 村上 尚

1.はじめに

 近年,特に米国において,「パテント・トロール(Patent Troll:特許の怪物)」と称される特許権者による権利行使が問題視されています。パテント・トロールとは,特許権を濫用し,訴訟を通じて巨額の利益を得る者であり,現在,米国のIT企業を脅かす存在となっています。
 そこで,本稿では,パテント・トロールに対する日米での対応,および,日本におけるソフトウェア特許権の行使の考え方について説明します。


2.パテント・トロール

 パテント・トロールとは「発明を現に実施しておらず,実施する意図もなく,多くの場合は決して実施することのない特許から多くの利益を得ようとする者」と定義されています(Intel社の顧問弁護士であったPeter Detkin氏による)。すなわち,自ら研究開発や製造を行なわず,倒産した企業などから安価に取得した特許権を行使し,大手企業からライセンス料や和解金などを得ようとする者が,パテント・トロールに該当します。
 パテント・トロールは,ある程度の訴訟資金を準備した段階で,数多くの企業を相手に一斉に訴訟を提起してくるか,あるいは,莫大な利益が見込まれる市場の大手企業数社に的を絞って訴訟を提起してきます[1]。パテント・トロールは自ら製造等を行なっていないため,仮に訴訟で敗訴しても製造等が中止に追い込まれることがなく,訴訟に関する費用以外に失うものがほとんどありません。一方,訴訟を提起された企業は,パテント・トロールが製造等を行なっていないため,自社が保有する有力な特許権に基づく侵害訴訟を提起して対抗することができず,また,クロスライセンス契約や技術提携による対策を講じることもできません。そして,敗訴した場合や,紛争が長期化した場合などに生じる不利益を考慮すると,パテント・トロールにライセンス料や和解金を支払う方が,結果的に損害が少なくて済むという事態が起こり得ます。

 米国では,パテント・トロールが関与する訴訟が近年増加しており,また,損害賠償額や和解額も増加しています。そして,これらの費用は,特許を取得したことにより得られる利益を上回っているとも言われています[2]。これには,米国特許制度における3倍賠償,および,完成品全体の価値に基づく賠償が,背景にあるとも言われています。

 パテント・トロールが大企業に対して訴えを提起した有名な事件として,eBay v. MercExchange事件があります。MercExchange社はオンラインオークションに関する特許を取得しましたが,経営悪化のために事業を運営していませんでした。その後,オンラインオークションショッピングサイトを開設したeBay社に対し,MercExchange社が,同サイト上で使用されている「Buy It Now」機能は,MercExchange社の特許権を侵害しているとして訴えを提起しました。

 なお,近年は,パテント・トロールが目立つようになりましたが,かつて米国において話題となったサブマリン特許の事例も,巨額のライセンス料が支払われたことで共通しています。サブマリン特許は,出願後に長期間非公開とされ,対象となる技術が世の中で広く使われるようになった段階で,特許されるものです。かつての米国特許制度には出願公開制度がなく,また,審査期間に関わらず,権利期間の始期が特許成立時であったことによるものでした。


3.IT分野におけるパテント・トロール

 米国では,特にIT分野において,パテント・トロールの影響が大きいと言われています。その理由として,IT分野は市場規模が大きく,すでに多くの企業が利用している特許発明が多いため,パテント・トロールが活動するのに適している点が挙げられます。

 別の理由として,特にソフトウェア分野を例に挙げて説明すると,ソフトウェアが特有の構造的特徴を有している点が挙げられます。具体的には,上位層にあるモジュールが下位層にあるモジュールに依存してその機能を発揮することが可能な“多層レイヤー構造”や,複数の関連するコンポーネント間でコミュニケートすることにより互いの機能を発揮することが可能な“コミュニケート構造”を有しています[3]。なお,このような構造的特徴を有しているため,ソフトウェアは,複数の開発者が互いの知識を共有することにより,効果的にイノベーション(技術革新)を促進することができる技術であると言うことができます[4]。
 つまり,一つのソフトウェア製品は多数のコンポーネントを基にして製造されるので,一つのソフトウェア製品には多くの特許発明が含まれます。そして,ソフトウェア製品を構成する一要素のみが,パテント・トロールの特許権を侵害する場合であっても,パテント・トロールは,当該ソフトウェア製品全体について差止請求を行なうことが可能になります。したがって,ソフトウェア分野はパテント・トロールの活動に適している分野であると言えます[5]。
 さらに,一つのソフトウェア製品は多数のコンポーネントを基にして製造されるものであることにより,ソフトウェア分野では,先行技術調査の対象となる特許発明の数が多くなり,企業による調査が十分に実施されていないケースがある点でも,ソフトウェア分野はパテント・トロールの活動に適している分野であると言えます。

 なお,ソフトウェア分野では,同業他社が自社の特許権を侵害していると判断した場合であっても,訴訟を提起するよりは,クロスライセンス契約を締結したり,技術提携を行ったりすることが一般的です。なぜならば,逆に自社が相手方ソフトウェアの特許権を侵害している危険性や,相手方との将来的な協力関係などを考慮することが多いためです。しかしながら,上述したように,パテント・トロールに対して,クロスライセンス契約や技術提携による対策を講じることはできません。


4.米国での対応

 米国最高裁判所は,上述したeBay v. MercExchange事件にて,重要な判示を行ないました(No.05-130,2006年5月15日判決)。具体的には,米国最高裁判所は,特許権侵害訴訟において特許権侵害が認められた場合であっても,衡平法(equity)の伝統的な4要件試験(four-factor test)が適用される旨を判示しました。本判決により,特許権が侵害され,かつ,特許権が有効であるという要件のみだけでは,差止請求は認められなくなりました。具体的には,特許権者はさらに以下の4要件を立証することが必要となりました。なお,米国最高裁判所は,差止命令について規定する米国特許法第283条に,「衡平の原則に従って(in accordance with the principles of equity)」と明記されていることを理由に,衡平法が適用されるとしています。

(1)回復不能な損害を受けていること(the plaintiff has suffered an irreparable injury)
(2)法上の損害賠償のような救済では損害を償うには不適切であること(remedies available at law are inadequate to compensate for that injury)
(3)原告および被告の困難性のバランスを考慮して,衡平法による救済が正当であること(considering the balance of hardships between the plaintiff and defendant, a remedy in equity is warranted)
(4)差止めによって公共の利益が損なわれないこと(the public interest would not be disserved by a permanent injunction)

 ところで,下記(a)および(b)などのため,米国で侵害訴訟を提起するには,多大な費用やリスクを伴うものでした。
(a)3倍賠償(故意侵害の場合,裁判官は,賠償額を3倍まで増加させることができる)
(b)Entire Market Value Rule(特許発明が完成品の一部にしか利用されていない場合であっても,完成品の価値を基準としてロイヤリティーや賠償金を請求するという考え方)

 しかしながら,上記(a)については,米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が,Seagate事件において,特許権侵害における故意侵害の認定要件を厳格化する判断を示しました(Misc. Docket No.830,2007年8月20日判決)。具体的には,CAFCは,故意侵害を立証するための基準を引き上げ,少なくとも客観的な無謀さ(objective recklessness)が,明白かつ確信を抱くに足りる証拠によって証明されることを要する旨を判示しました。
 また,上記(b)については,完成品全体の価値を基準としてロイヤリティーや賠償金を算出するのではなく,特許発明の部分が貢献する金額に限定するという法改正が米国連邦議会で検討されています。


5.日本での対応

 現在のところ,日本では,パテント・トロールの影響は認められていないと言われています。しかしながら,米国でパテント・トロールが増えたように,今後,パテント・トロールが日本で活発に活動する可能性も十分にあり得ると考えられます。
 ところで,日本国特許法第100条第1項によれば,「特許権者又は専用実施権者は,自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる」と規定されています。つまり,日本では,特許権が有効かつ正当に譲り受けたものであれば,特許権者が特許発明を実施しているか否かにかかわらず差止請求が可能となり,文理上は,パテント・トロールであっても差止請求が可能となります。したがって,現行の特許法では,パテント・トロールに対抗する手段がありません。
 しかしながら,パテント・トロールによる差止請求を認めると,イノベーションを阻害することにつながる場合があり得ます。これは,特許法の法目的である産業の発達を阻害するものとなります。

 そこで,ソフトウェア特許権の行使の在り方について,経済産業省から「ソフトウェアに係る知的財産権に関する準則」[6]が公示されており,その中で,法解釈の指針が示されています。この準則では,どのような場合に,ソフトウェア特許権の行使に対して,民法第1条第3項(権利濫用)が適用される可能性があるかについての解釈が示されています。
 ただし,準則とは,法的問題点について,適用する法律およびそれらから導き出される法解釈を示すものです。したがって,準則自体に法的拘束力はなく,準則とは異なる判決がなされる可能性はあります。
 なお,「ソフトウェアに係る知的財産権に関する準則」は,現在は「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」[7]の「II-2-1 ソフトウェア特許権の行使と権利濫用」として記載されています。


6.「ソフトウェア特許権の行使と権利濫用」に関する準則

 上記準則では,ソフトウェアに係る特許権の行使において,個別具体的な事案毎における原告側の事情,被告側の事情,社会的事情等について,下記(1)および(2)を総合的に検討し,権利濫用の適用可能性を判断することが示されています。

(1)権利主張の正当性・悪質性の評価分析
(2)権利行使を認める場合・認めない場合の利益考量

 そして,上記(2)については,i)権利行使の方法(差止請求・損害賠償請求・不当利得返還請求・信頼回復措置請求等),ii)権利行使の対象物(権利行使の対象となる特許技術が用いられているソフトウェアの用途・利用状況・性質),および,iii)特許の利用状況及び利用可能性(特許権者の利益と有無・多寡)のそれぞれについて,利益および不利益を比較考量することが示されています。
 そして,特許権者による差止請求等の権利行使を認めることによる権利行使の相手方,および,社会全体の不利益が,権利者および社会全体の利益と比較して著しく大きく,また,権利行使を認める場合より権利行使を認めない場合の社会的・経済的厚生が著しく大きい場合は,権利濫用が認められる可能性があることが示されています。
 さらに,特に上記のii)の権利行使の対象物について,ソフトウェアの特性が以下のような場合には,特許権者が権利行使すると,相手方および社会全体に対する影響の拡大が生じ得ることが示されています。

(a)権利行使の対象となる機能が相互運用性の確保に必要な機能である場合(特に,ソフトウェア製品のインタフェースが既に標準仕様となっている場合)には,プログラム同士が通信して情報を交換し,当該情報を相互利用することができなくなることによって,当該情報を必要とする機能のうち動作しないものが生じる
(b)権利行使の対象となる機能が,OS,ミドルウェア等のプラットフォームとなるソフトウェアの機能である場合,当該機能なくしては,当該ソフトウェアのみならず,当該ソフトウェアの機能を用いている他のソフトウェアやハードウェアが動作しなくなる

 したがって,権利行使の対象となる機能が,ソフトウェアを動作させるための基盤として広く使用されているものであって,当該機能を迂回することや当該機能を他の機能に代替することが困難である場合は,権利行使の相手方および社会全体に大きな不利益が生ずる可能性があるため,権利濫用が認められる可能性があり得ると考えられます。

 以上のように,上記準則によれば,特許法の法目的を逸脱するような権利濫用と見られる事例については,ソフトウェアの特性に基づいて,権利行使者が権利行使により得られる利益よりも著しく大きな不利益を,権利行使の相手方および社会全体に対して与えるか否かを総合的に判断することとなります。そして,判断の結果,著しく大きな不利益を与える場合には,民法第1条第3項が適用される可能性があり得ます。

 なお,経済産業省商務情報政策局は,“「ソフトウェア特許権の行使と権利濫用」の想定している事例”を作成しています[8]。ここでは,具体的な3つの事例を挙げて,悪質性評価分析および利益考量が行われていますので,準則の考え方を理解する参考になります。


7.おわりに

 米国では,パテント・トロールに対する判例が蓄積されており,また,法改正による対応も検討されています。これに対して,判例の蓄積が少ない日本では,経済産業省が上記準則を設けることにより,ソフトウェア特許権の行使に対して権利濫用が適用される可能性についての解釈を示しました。今後,パテント・トロールによる差止請求訴訟が提起された場合,裁判所がどのような判示が行なうのか注目されるところです。

以上

(参考文献)
[1] テリー・ラドロウ,「パテント・トロール対策を考える」(2007.7.2)(http://www.ipnext.jp/journal/kaigai/terry.html,参照日:2008.2.23)
[2] Michael Fitzgerald,“A Patent Is Worth Having, Right? Well, Maybe Not”,The New York Times(2007.7.15)(http://www.nytimes.com/2007/07/15/business/yourmoney/15proto.htm,参照日:2008.2.23)
[3] 経済産業省商務情報政策局,「ソフトウェアの法的保護とイノベーションの促進に関する研究会」(2005.10.11)(http://www.meti.go.jp/press/20051011003/ronntennseiri-set.pdf,参照日:2008.2.23)
[4] 平塚三好,「ソフトウェア特許によるイノベーションの促進および阻害についての一考察」,知財管理,Vol.58,No.1,pp31-40(2008)
[5] 大熊靖夫,他,「米国,日本,台湾,欧州におけるパテント・トロール」,特技懇(2007)(http://www.tokugikon.jp/gikonshi/244kiko1j.pdf,参照日:2008.2.23)
[6] 経済産業省商務情報政策局,「ソフトウェアに係る知的財産権に関する準則」(2006.12.1)(http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g61201d06j.pdf,参照日:2008.2.23)
[7] 経済産業省商務情報政策局,「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(2007.3.30)(http://www.meti.go.jp/press/20070330011/denshishoutori3.pdf,参照日:2008.2.23)
[8] 中山信弘,「電子商取引及び情報財取引等に関する準則と解説」,別冊NBL,No.118(2007)


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