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阻害要因の有無を争点とした一判例について

2010年02月02日
特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
弁理士 松村 一城

 進歩性違反の拒絶理由通知を受けた場合、通常、対応策の一つとして、引用発明どうしの組合せや、引用発明の一部の構成を他の引用発明の構成に置換することを妨げる事情(以下、阻害要因と称します)の有無についての検討が行われます。一方、阻害要因の判断基準は厳しく、阻害要因の存在は容易には認められないとも言われます。ここでは、阻害要因に関する裁判所の判断の一例として、比較的最近の判例の中から、薬効成分が人体に対して潜在的に有害な影響を及ぼす物質であることを理由に、該成分を健康補助剤として用いることには阻害要因があるとした主張が斥けられた判例を紹介します。

1. 事案
 審決取消請求事件 平成20年(行ケ)第10377号(平成21年10月28日判決)

2. 審決から判決までの概要
 原告は、『ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA,ホルモノネチン及びこれらのグリコシドからなる群から選択される2種又はそれ以上の天然に存在するフィト-エストロゲンの健康補助量からなる,月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤。』を請求項1とする特許出願(優先日:平成4年5月19日)について、拒絶査定不服審判を請求しました。
 審決では、文献1~3を組み合わせることによって本願発明(=請求項1にかかる発明)に想到することは容易であるとして、本願発明の進歩性が否定されました。すなわち、
・ 文献1(特開平2-160722号公報)には、(1)フラボノイドの遊離型やグルコシドは血小板凝集抑制、エストロゲン作用等の薬理的性質を有すること、(2)フラボノイドは天然物中に存在し、食事中にも微量存在する安全な化合物であるため、特定の治療目的に用いることが提案されてきたこと、(3)フラボノイドにはイソフラボン類(ダイゼイン、ゲニステイン、ゲニスチンなど)が含まれること、が記載されている。
・ 文献2(特開昭60-48924号公報)には、骨粗鬆症の原因のうち重要なものは閉経後の女性においてエストロゲンの分泌が減少することであり、従来の治療剤であるエストロゲン剤と比較して緩和なエストロゲン作用を有するダイドゼインが、従来のエストロゲン剤のような副作用のないものとして骨粗鬆症の治療に使用できる旨が記載されている。
・ 文献3(特開昭59-199630号公報)には、エストロゲンの分泌減少は骨粗鬆症のみならず、更年期障害(閉経期症候と同義である)の原因となること、従来は合成エストロゲン剤等により卵巣ホルモンを代償する療法が更年期障害に対する主要な治療法であったことが記載されている。
・ そうすると、更年期障害に対しても、骨粗鬆症と同様に、緩和なエスロトゲン作用を有するダイドゼインなどのフィトエストロゲンを合成エストロゲン剤に代えて使用すること、その際、副作用が生じない程度の量を検討して使用することは当業者が容易に想到しうる範囲のことである。

 これに対し、原告は審決取消訴訟において、以下の(1)(2)を理由として、本願出願当時の当業者は、イソフラボンが人体に潜在的に有害な影響を与える物質であることを認識していたといえるから、イソフラボンを健康補助剤として使用する試みについては、阻害要因が存在していた、と主張しました。
(1) ウシ、ヒツジ、チータなどの哺乳類において、フィトエストロゲンによる生理学的悪影響が生じうることが8つの参考文献に示されており、動物の体内における化学物質により引き起こされる副作用が、人間の体内の同物質により誘導される副作用と一般的に同一であることは毒物学における基本的仮説であるため、人間に対してもフィトエストロゲンによる上記悪影響が引き起こされると予測される。
(2) 前臨床試験は、人間における毒性を予測するために一定範囲の哺乳類に対し薬物を投与する試験であることがよく知られているところ、審決が、上記8つの参考文献は人間以外の動物について記載しているに過ぎないから容易想到性の判断に影響がないとしたことは、潜在的な毒性を有する化合物を人間に投与する際の評価に関する標準的手法(人間以外の哺乳類を用いた前臨床試験)を無視したものである。
 原告は、人間にもフィトエストロゲンによる生理学的悪影響が生じうる根拠として、例えば、チータの食事において、フィトエストロゲンが肝機能障害を引き起こすため、人間の肝機能障害が引き起こされる可能性も考慮する必要があると記載されていること、成体のチータは約50mg/日の弱いフィトエストロゲンを消費すると静脈閉塞疾患が見出されるが、上記チータと成人女性とはほぼ同じ平均体重であり、本願明細書の実施例の1つには、人間が1日あたり約60~100mgのイソフラボンを摂取した事例が報告されているから、上記チータに生ずる悪影響は成人女性にも発生すると考えられること、等を挙げています。

 これに対し、知財高裁は、本願出願前に発行された種々の文献に、本願発明で用いるゲニステイン、ダイドゼイン、およびホルモノネチンがヒトに対し、骨粗鬆症治療剤、免疫抑制剤、制癌剤、肝機能障害の予防改善剤などとして用いられることが記載されていることを挙げ、「本願発明で用いるフィトエストロゲンは、動物において、不妊、乳腺炎や肝機能障害との関係が知られ、人間への同様の影響が指摘されていたものである一方、本願出願時には、用量を適切に考慮すれば癌にも奏功するなど、人間の種々の疾患に対して有用な生理作用を奏するものとして使用し得るという知見があったものと認められる」とし、「本願発明で用いるフィトエストロゲンは、大豆に含まれ、本願出願前からヒトが日常的に摂取してきたものであることをも考慮すると、本件出願当時、本願発明で用いるフィトエストロゲンは、大量に摂取した場合はさておき、大豆から日常的に摂取する程度の量を摂取する限りにおいては、当業者は,人体に対して悪影響を与えるものと理解していないと解するのが自然である。したがって、本件出願当時、原告が主張するような阻害要因が存在したとすることはできない」と判示しました。

3.考察
 上述のように、一方において、本願発明で用いたフィトエストロゲンが、用い方によっては人体に対して有用な物質であることが当業者に認識されているならば、他方において人体に潜在的に有害な影響を与える物質として当業者に認識されていたという事実は、フィトエストロゲンを更年期障害治療のために用いることに対して阻害要因とはならない、という判決がなされました。特許庁は、阻害要因に関する原告の主張に対して、「副作用や過剰症が現れるからといって、それらの治療薬としての利用が妨げられるものではない。・・・フィトエストロゲンについて有用な薬理作用が知られ、その作用を発揮させる用法、用量を検討する余地がある以上、フィトエストロゲンを利用しようとする意欲がそがれるものではないから、フィトエストロゲンをその適切な量で医薬として使用する試みに対する阻害要因は存在しなかった。」と反論していますが、それが認められた形となりました。
 阻害要因とは、引用発明どうしを組み合わせることにより技術的な前提条件が破綻してしまう、あるいは、組み合わせるとデメリットが生じることが技術常識として知られている、というような引用発明どうしを組み合わせることが当業者にとって想定し得ない場合をいうと解されています(参考文献1)。化学物質を医薬として用いる場合、大抵副作用の問題が付随し、その問題を最小限にとどめるべく用量や用法が定められることに鑑みれば、本件の場合、引用発明どうしを組み合わせても、フィトエストロゲンを適切な量で使用する限り技術的な前提条件は破綻せず、デメリットも生じないといえるため、阻害要因がないとする判断は妥当であると思われます。
 阻害要因の存在が肯定された比較的最近の判例としては、バイオ系ではありませんが、例えば「審決取消請求事件 平成19年(行ケ)第10007号(燃料電池用シール材の形成方法事件)」があります。この件では、本願発明、引用発明共に、セパレータの周縁部表面に架橋ゴム薄膜を成形一体化する工程を備える燃料電池用シール材の形成方法の発明であって、本願発明ではセパレータの材質がカーボングラファイトで、上記工程でゴム溶液の塗布方法としてスクリーン印刷を用いるのに対し、引用発明ではセパレータの材質が金属で、上記ゴム溶液の塗布方法として射出成形を用いています。
 審決では、カーボングラファイト製のものも金属製のものも燃料電池のセパレータとして周知慣用であり、作業性に関する両者の課題も共通しているため、引用発明と周知技術との組合せにより、引用発明の「金属製」を『カーボングラファイト製』に置換することは容易であり、射出成形を周知慣用の成形一体化法であるスクリーン印刷に置換することも容易であるとしていました。
 しかし、知財高裁は、「カーボン材は脆く機械的強度が低いため、カーボンからなる燃料電池用セパレータは破損し易いものであるところ、引用発明は金属薄板をインサートして高圧で射出成形することを前提としている以上、カーボングラファイトを射出成形装置に適用した場合には、カーボン材が有する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたと解される。よって、引用発明の射出成形による成形一体化工程において、金属製セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適用することには技術的な阻害要因があるというべきである。また、そうである以上、スクリーン印刷がゴム溶液の塗布方法として周知であるとしても、セパレータ材である金属をカーボングラファイトに置換し、同時に射出成形をスクリーン印刷に置換することに容易想到可能であるとは言えない」とし、阻害要因の存在を認めました。
 この事件では、引用発明と周知技術とを組み合わせることにより「カーボングラファイトを、引用発明に記載の高圧条件で射出成形に供することができる」という技術的な前提条件が破綻してしまうため、引用発明と周知技術とを組み合わせることが当業者にとって想定し得ない場合に該当すると判断されたとものと思料します。一方、この事件では、引用発明と周知技術とを組み合わせることにより、ある一面では不利益がもたらされるが、他方においてはこの組合せが有用足りうる、と解される事実は存在していません。その点で、今回紹介した事例とは異なり、阻害要因の認定に大きな差が出たということが言えると考えます。

<参考文献>
 審判部進歩性検討会について、間中耕治、特技懇、245、20-35、2007.


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