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審決取消訴訟判決の紹介(2003年6月言渡分)

2003年9月8日
特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
弁理士 金子 一郎

1.2003年6月に言渡された判決の統計
2003年6月度に言渡された特許権・実用新案権に関する審決取消訴訟象の件数、およびそれぞれについて請求が認容された件数は、下表のとおりである。

表 2003年6月言渡分の審決取消訴訟の件数
請求対象 件数 請求が認容された件数
特許異議申立による取消決定 18 7(6)注
無効審判(認容審決) 11 3(1)注
無効審判(棄却審決)
拒絶査定不服審判 12
訂正審判
合計 53 14
注:括弧内は、訂正請求が認容されたことが原因で、請求が認容された件数を示す。

2.裁判例の紹介
2003年6月度に言渡された判決における争点のうち、筆者が興味をもったものにつき、裁判所の判断を以下に紹介する。

2−1 図面の記載を根拠として補正された構成要件の解釈について

【判決番号】H15 6 3 東京高裁 平成13行ケ548 特許取消決定 維持
【異議番号】異議2000−72434号
【発明の名称】「遊技機の表示ユニット」

【本件発明】
所定の図柄が表示されるディスプレイと、同ディスプレイと電気的に接続された基板と、前記ディスプレイおよび前記基板に対するカバー部材とを備えた遊技機の表示装置ユニットであって、前記カバー部材には切り欠き孔が設けられ、かつ前記基板に取り付けられたコネクタが前記切り欠き孔に嵌合されるとともに該切り欠き孔から突出されることで、この切り欠き孔を介して前記基板と外部とが前記コネクタによって接続されるようにしたことを特徴とする遊技機の表示装置ユニット。

【争点についての原告主張の要点】
本件発明にいう「コネクタが前記切り欠き孔に嵌合される」(訂正後の特許請求の範囲)とは、コネクタが切り欠き孔に「すきまなく」又は「すきまがほとんどなく」嵌め合わされた状態を意味し、このようなすきまのない「嵌合」によって、コネクタがカバー部材の切り欠き孔周辺部分によって支えられ、コネクタに若干の負荷がかかっても断線する等の不具合が生じることがないという効果を奏するものである。

【裁判所の判断】
「嵌合」なる語は、本件特許の登録時の明細書(甲2)の特許請求の範囲にも発明の詳細な説明中にも記載されておらず、【図5】の記載を根拠として、訂正請求によって特許請求の範囲の記載に新たに加えられたものであると認められるとし、「嵌合」がいかなる技術事項を意味は、登録時の明細書及び図面の記載に基づいて理解すれば、上記態様のものに限られると理解することはできない。
また、原告は、表示装置を裏面側から見た斜視図である図5を上記主張の根拠としているが、その図面の性格上、表示装置の形状及び各部材の配置関係を概略的に示したものであって、境界線が一重線で表示されているというだけで「すきまが(ほとんど)ない」状態が示されていると認めるのは無理である。

2−2 欠点があると理解される記載に、技術思想が開示されているといえるか?
    作用効果の記載がなくても、公知文献に発明が開示されているといえるか?

【判決番号】H15 6 5 東京高裁 平成13行ケ338 特許取消決定 維持
【異議番号】異議2000−71296号
【発明の名称】「ギヤシェーパ加工方法及びギヤシェーパ」

【本件発明】
速度工具鋼製の歯車形削り用工具を用いて歯形を創成するギヤシェーパ加工方法において,
前記歯車形削り用工具として,
実質的に,(Ti (1−X)Alx)(NyC(1−y))
ただし,0.2 ≦x≦0.9
 0.2 ≦y≦1.0
の組成の膜を少なくとも一層を,少なくとも逃げ面にコーティングしたものを用い,切削油剤を用いずに,切削速度300m/min以下で加工することを特徴とするギヤシェーパ加工方法。

【争点についての原告主張の要点】
(1) 甲3文献作成当時においても本件出願当時においても,高速度工具鋼製の工具を用いたギヤシェーパ加工方法においては,切削油剤を用いることが必須とされており,これを用いないことは技術常識に反することであった状況の下では,当業者は,甲3文献に接しても,切削油剤を用いないギヤシェーパ加工方法が「たまたま」示される形になっていると理解するだけであり,そこに,技術思想としての,切削油剤を用いないギヤシェーパ加工方法を見いだすことはあり得ない。
(2) 甲3文献には,本件発明において技術的課題及び作用効果とされているものは全く示されていない。

【裁判所の判断】
(1)原告の主張が、切削油剤を用いることなく高速度工具鋼製の工具によってギヤシェーパ加工をすることは技術的に不可能である,というのが当時の技術常識であったということであれば、そのような事実が存在したことは,本件全証拠によっても認めることはできない。
切削油剤を用いることなく高速度工具鋼製の工具によってギヤシェーパ加工をすることには,工具寿命の点で欠点がある,という技術常識が存在したとしても,そして,甲3文献に接した当業者がそこに記載された方法にもそのような欠点があると考えたとしても,そのことは,同文献に,切削油剤を用いない高速度工具鋼製工具によるギヤシェーパ加工方法及びそれに用いられるギヤシェーパが,技術思想として開示されていることを何ら妨げるものではない。
欠点があるとの理解を伴うものであるからといって,そこに技術思想が示されていないことになるわけではないのは,論ずるまでもないことであるからである。

(2)異なる技術的課題から同一の構成の発明に至ることがあること,同一の構成がもたらす作用効果は,複数あり得るものであり,それらは客観的には常に定まっているとはいうものの,それらのうちどれを認識し,どれに着目するかは,人により時により変わり得るものであることは,いうまでもないところである。そうである以上,たとい,甲3文献に本件発明において技術的課題及び作用効果とされているものが全く示されていないとしても,そのことは,何ら,同文献に本件発明と同一の構成が記載されていると認識することを妨げるものではない。
その構成を採用した動機やいきさつがどのようなものであろうと,その構成による作用効果を作成者がどのように認識していようと,その構成に接した者が技術課題や作用効果をどう理解しようと,公知文献に当該発明と同一の構成が記載されている以上,公知文献には当該発明と同一の「発明の構成」が開示されていると認める以外にないのである。
原告の主張は,結局のところ,甲3文献に既に開示されている構成の発明(引用発明)について,それまで知られていなかった作用効果を発見したことと,同発明の構成自体を創出したこととを混同し,前者をもって後者に換えようとするものであって,誤りであることが明らかである。このような発見は,それが発見にとどまり,新しい構成を生み出さないままにある限り,情報自体としてはどのように価値のあるものであっても,創作を保護の対象とする特許法によって保護されることはないからである。

2−3 無効審判における明細書の発明の詳細な説明の記載の参酌について

【判決番号】H15 617 東京高裁 平成13行ケ255 特許権 無効審判(請求棄却)維持
【審判番号】無効2000−35580号
【発明の名称】「敷鉄板吊上げ用フック装置」

【本件発明】
「吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,敷鉄板を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が,
(i).先端部に脱落防止部(11),後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1),
(ii).前記フック支持体(1)に接合ピン(2)を介して回動自在に配設されたフック(3),
(iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるとき,前記フック(3)の後端部(32)に係合して前記フック(3)を係止するための前記フック支持体(1)側に配設されたロック(4),
及び,
(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)の係合が解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき,
(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ,
(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と,
前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること,を特徴とする敷鉄板吊上げ用フック装置。」(「本件発明1」)

【争点についての原告主張の要点】
本件発明におけるフックの形状は,先端部の内側が直線状のものに限定されず,先端部の内側が湾曲しているものも含む。

【裁判所の判断】
本件発明の特許請求の範囲の記載だけでは,上記記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができない。その技術的意義の理解に当たっては,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する必要がある。
本件発明は,開口幅の小さなフックを排除し,従来例として記載された開口幅の大きなフックを用いることを当然の前提とするものであることは,本件明細書の上記発明の詳細な説明の記載及び図から自明なことであるというべきであるから、本件発明におけるフックの先端部の内側の形状が直線状であるとの解釈は,本件明細書の上記記載にも合致するものであり、被告の主張は,採用することができない。

2−4 先行技術となるものの条件について(補足的判断事項)

【判決番号】H15 617 東京高裁 平成14行ケ322 特許権 無効審判(請求認容)取消
【審判番号】平成10年審判第35104号
【発明の名称】「4輪駆動可能な駆動装置」

【本件発明】
「横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輪駆動可能な駆動装置であって,左右ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたディファレンシャルギアケースにディファレンシャル駆動ギアを設け,該エンジンの側部に配置されたトランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出カギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ,かつ,上記ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け,上記筒部には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒部の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに,上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し,上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し,この後輪駆動系にクラッチ機構を設けたことを特徴とする4輪駆動可能な駆動装置。」

【事案の概要】
1 特許庁における手続の経緯
原告が特許権者である本件特許第1515263号「4輪駆動可能な駆動装置」は,昭和56年1月29日に特願昭56−11895号として特許出願され,昭和63年11月28日に特公昭63−61211号として出願公告された後,平成1年8月24日に設定登録がされた。
被告は,平成10年3月12日,本件特許につき無効審判の請求をし,平成10年審判第35104号事件として係属し(本件審判),原告は,平成10年7月14日,訂正請求をした。
平成11年10月29日,「訂正を認める。特許第1515263号発明の特許を無効とする。」との審決(第1次審決)があった。
第1次審決に対し,原告から取消訴訟の提起があり,東京高裁平成11年(行ケ)第440号事件として審理された結果,平成13年9月10日,第1次審決を取り消す旨の判決が言い渡され(第1次取消判決),最高裁の上告棄却及び上告不受理の決定によって,確定した。
そこで,平成10年審判第35104号審判の審理が再開され,平成14年5月21日,「訂正を認める。特許第1515263号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決があった)。

【争点についての原告主張の要点】
(1)審決は第1次取消判決の拘束力に反して一致点の認定をしており、第1次取消判決の拘束力に反する。

【裁判所の判断】
(1)審決には,第1次取消判決の拘束力に反して一致点の認定をした誤りがあり,審決がこの一致点のあることを前提にして結論に至っていることは明らかであるから,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。したがって,審決は,この点において,既に取消しを免れない。 (2)補足的判断
本件発明は,従来技術②が有していた「ディファレンシャルギアケースの後ろに,ディファレンシャル駆動ギアに直接噛み合う後輪駆動用中間ギアを支持する後輪駆動用ギア軸を設け,この後輪駆動ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とを連結するベベルギア機構を配置した構成における技術課題」を解決した発明であって,従来技術①の「後輪駆動用中間ギア軸を備えない構成のもの」は,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものではないから,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの「本件発明の解決すべき課題」を有する従来技術ではないことが明らかである。

審決は,本件発明は,審判甲第4号証記載及び審判甲第3号証記載の両発明,又は審判甲第4号証記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断している。

しかしながら,審判甲第4号証記載の発明は,本件訂正明細書に記載された①の従来技術と同様,後輪駆動用中間ギア軸を備えないものであって,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものではない。それゆえ,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの,本件発明の解決すべき課題を有する従来技術,すなわち,本件発明の進歩性を判断する際の先行技術となるものではない。

また,審判甲第3号証記載の発明は,前記②の従来技術と同様,後輪駆動用中間ギア軸を備え,大径のディファレンシャル駆動ギアの半径に相当する量が不可避の突出量として加わるとの問題点を有するものであるが,後輪駆動用中間ギア軸及びベベルギア機構の車体後方への突出量を小さくするとの技術的課題や該技術的課題を解決するための構成は記載されていない。そうすると,本件発明は,審判甲第3号証記載の発明に基づいても,当業者が容易に発明をすることができたものということができない。

2−5 発明の主要な構成として特許公開公報に記載された技術的思想が,技術水準であり,当業者に自明な事項といえるか?

【判決番号】H15 618 東京高裁 平成13行ケ537 特許権 無効審判(請求認容)維持
【審判番号】無効2000−35520号
【発明の名称】「記憶媒体式遊技設備」

【本件発明】
(A)カード状記憶媒体の有する有価データの範囲内で遊技を可能ならしめるように構成された複数の遊技装置および少なくともこれらの遊技装置を管理する管理装置を備えた記憶媒体式遊技設備において,
(B)上記各遊技装置の所定部位には,上記記憶媒体の有する有価データを読み取る記憶媒体読取手段と,上記記憶媒体読取手段によって読み取った有価データに基づき,上記記憶媒体の有する有価データとしての少なくとも金額情報を遊技球あるいは遊技球情報に変換可能な変換操作手段と,上記有価データとしての少なくとも金額情報を表示可能な有価データ表示手段と,を備えて,
(C)上記記憶媒体のデータ記憶部に当該記憶媒体の有する少なくとも有価データとしての金額情報を記憶するとともに,上記管理装置の記憶手段には各記憶媒体毎に付与された識別符号を用いて各記憶媒体の有する少なくとも有価データとしての金額情報を記憶して,上記記憶媒体のデータ記憶部および上記管理装置の記憶手段に記憶されたデータにより記憶媒体の有価データとしての金額情報を管理するようにしたことを特徴とする記憶媒体式遊技設備。

【審決の理由】
本件出願は分割出願であり、本件発明の構成要件(C)は,本件原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていない事項を含むから,本件出願は,特許法44条2項の適用がなく,その出願日は実際の出願日である平成6年7月20日に繰り下がる結果,無効とすべきものであるとした。

【争点についての原告主張の要点】
記憶媒体(カード)に金額情報を記憶することは,甲7〜19公報により,本件原出願時において,本件発明が属する技術分野の技術水準となっているものであり,当業者に自明な事項であると認められるから,原出願当初明細書の技術的事項の範囲内である。

【裁判所の判断】
確かに,甲7〜19公報には,原告らが主張するように,記憶媒体(カード)に金額情報を記憶させることが記載されていると認められるが,上記各公報には,上記技術が,業界に知られていた,あるいは,従来から行われていたことであるとの記載はなく,かえって,これらの記載は,特許請求の範囲及び実施例として,発明又は考案の主要な構成として記載されていることにかんがみると,甲7〜19公報に記載された記憶媒体(カード)に金額情報を記憶するとの技術的思想が,上記各公報が頒布された当時においても,本件発明が属する技術分野の技術水準となっているものであり,当業者に自明な事項であったと認めることはできないというべきである。

2−6 数値限定発明の進歩性について

【判決番号】H15 619 東京高裁 平成13行ケ424 特許権 取消決定 維持
【審判番号】異議2000−73583号
【発明の名称】「建築物の外壁の施工方法」

【本件発明】
「建築物の下地に防水シートを敷設してメタルラスを取り付け,セメント20〜60wt%,無機質混和材20〜60wt%,有機質混和材2〜10wt%で,練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5である軽量セメントモルタルを塗着し,その表面に質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工することを特徴とする建築物の外壁の施工方法。」

【争点についての原告主張の要点】
本件発明の特定の数値範囲の軽量セメントモルタルは,特定の数値範囲の網材を併用した場合に顕著な相乗効果を発揮するものであるから,本件発明の軽量セメントモルタルの数値は臨界的意義を有する。

【裁判所の判断】
ある数値範囲を選択した発明が,その数値範囲の選択のゆえに,特許に値する進歩性を認められるためには,当該発明で選択されたところのものが,当該発明によって開示されることがなくとも,通常のこととして採用されるようなものである,というような場合でないことが必要であると解するべきである。当該発明による開示がなくとも通常のこととして採用されているものを選択することに,特許に値する技術的思想の創作としての価値を認めることはできない,というべきだからである。として、
本件発明における軽量セメントモルタルのものとして特定されている各数値範囲は,いずれも,建築の世界で一般に用いられている軽量セメントモルタルのものと広い範囲で重なっており,本件発明による開示がなくとも普通に採用されるものを多く含むものであることは,明らかである。
原告の主張は,主張自体失当であり,上記数値の臨界的意義について検討するまでもなく,採用することができないという以外にない。臨界的意義についての決定の説示は,結論を導く上で不要のものであったというべきである。

2−7 発明特定事項を解釈するために明細書を参酌し得る限度について

【判決番号】H15 625 東京高裁 平成14行ケ321 実用新案権 無効審判 審決(請求棄却)取消
【審判番号】無効2000—35103号
【発明の名称】「ミシンの上送り装置」

【本件発明】
  A ミシンアームの内部に主軸と平行をなして送り駆動軸及び送り調整軸を架設し,
  B 該送り調整軸を含む送り調整機構を介して前記主軸と前記送り駆動軸とを連結してなり,
  C 主軸の回転に応じて所定の上限角度内にて生じる送り駆動軸の反復回動をミシンアームの先端に垂下支持された上送り歯に伝え,ミシンベッド上の縫製生地に上部から送りを加えると共に,
  D 前記反復回動の上限角度を前記送り調整軸の回動操作により加減し,前記上送り歯の送り動作量を調整する構成としたミシンの上送り装置において,
  E 前記送り調整軸の一部に係合し,該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する送り調整レバーと,
  F 該送り調整レバーの下方への延長端にその後端を連結され,前記ミシンアームの外側に前後方向への摺動自在に支承してある送り調整ロッドと,
  G 該送り調整ロッドに並設され,該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあり,その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ,前記送り調整軸を回動操作する送り操作軸と,
  H 前記送り調整ロッドの長手方向に沿って前記上送り歯の動作位置に面して配設され,該上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板とを具備することを特徴とするミシンの上送り装置。

【争点についての原告主張の要点】
本件審決は,「構成要件Eに『上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合』との記載がなくとも,構成要件Eの『前記送り調整軸の一部に係合し,』との記載が,『前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)により係合し,』を意味するものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができる」(審決謄本6頁下から第2段落)とした上,構成要件Eの記載は旧法5条5項1号及び2号に違反しないと判断したが,誤りである。

【裁判所の判断】
構成要件Eは,「前記送り調整軸の一部に係合し,該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する調整レバー」と規定するにとどまり,調整レバーの送り調整軸に対する係合形態について具体的に規定するところがないことは明らかである。本件実用新案登録の出願について適用される旧法5条5項2号は,実用新案登録出願の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載要件として,実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきことを規定しているところ,本件審決は,実用新案登録請求の範囲に記載はなくとも,考案の詳細な説明の実施例に具体的に記載された事項を意味していると認定し,それゆえに,本件考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しているとの判断をしたものにほかならない。

考案の要旨は,特段の事情がない限り,願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて認定されるべきものである。確かに,実用新案登録請求の範囲に記載された用語や語句の技術的意義を明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌して解釈することが許される場合はあるが,本件において,構成要件Eの「送り調整軸の一部に係合し」の「係合」を,考案の詳細な説明の実施例に係る「前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)による係合」の係合形態に限定して解釈することは,実用新案登録請求の範囲に単に「係合」とのみ記載されていることを無視し,そこに記載されていない要件を付加することになるから,「係合」の解釈として明細書の考案の詳細な説明を参酌し得る限度を逸脱しており,このような参酌が許されるべき理由を見いだすことはできない。そうすると,構成要件Eの記載は,本件審決の理由によっては,旧法5条5項2号に違反しないということはできない。

2−8 方法発明における工程順序の差異について

【判決番号】H15 626 東京高裁 平成12行ケ475 特許権 拒絶査定不服審判 維持
【審判番号】平成11年審判第6202号
【発明の名称】「半導体装置およびその作製方法」(後に「半導体装置の作製方法」と補正された。)

【本件発明】
(1) 絶縁表面上の非晶質珪素膜を熱アニールして,結晶性珪素膜を形成する第1の工程と,
(2) 前記結晶性珪素膜でなる島状の活性層を形成する第2の工程と,
(3) 酸化性雰囲気中で熱アニールまたは波長4μm〜0.5μmの光を照射する光アニールによって前記活性層表面を酸化して,酸化珪素膜を形成する第3の工程と,
(4) 前記酸化珪素膜上に,化学的気相反応手段によって絶縁被膜を形成する第4の工程と,
(5) 窒素または窒素化合物を含む雰囲気中で,前記絶縁被膜をアニールする第5の工程と,
(6) 前記絶縁被膜上にゲイト電極を形成する第6の工程と,
を有することを特徴とする半導体装置の作製方法。
(以下,それぞれ,「本願発明の第1の工程」,「本願発明の第2の工程」などという。ただし,本願発明の工程であることが明確な場合は,「本願発明の」を省略することがある。当該工程における処理内容に着目して,特に,非晶質珪素膜を結晶化する工程(本願発明の第1の工程がこれに当たる。)を「結晶化工程」と,結晶性珪素膜を熱アニール又は光アニールにより酸化して酸化珪素膜を形成する工程(本願発明の第3の工程がこれに当たる。)を「酸化処理工程」ということもある。)

【争点についての原告主張の要点】
本発明は,特定の工程順序によらなければならないものであり、
本願発明のような製造方法の発明においては,たとい,対応する個々の工程同士をとればそれぞれ同一であるとしても,個々の工程を組み合わせる順番自体が極めて重要であるので、引用例には本発明の工程が全く記載されていないといえる。

【裁判所の判断】
本発明と引用例に記載の引用発明とにおいて、両者の個々の工程の内容を比較すれば,一致点があることは明らかである。原告の主張は、特定の工程順序によらなければならない発明は、最初の工程が異なる発明とは全く比較できない,というに等しい。しかし,そのように考えると,製造方法の発明において,ある工程で差異があるときは,その後の工程において,いかに共通点があっても,引用例との比較は一切できない,ということになり、そのような判断が適切でないことは明らかである。
 また、製造方法の発明において,工程順序の差異は,進歩性の判断,すなわち,引用例記載の個々の工程の内容の分離や併合,工程の順序の入れ替え,ある工程の付加をすることによって,特許性が問題となっている発明の工程と同一のものにすることが,当業者にとって容易に想到できることであるか否か,の観点から検討すれば足りるものであることが,明らかである。本願発明と引用例に示された方法(引用発明)との間には,工程の内容・順序において異なるものがある以上,引用例中に,本願発明の内容の開示は一切ない,とする原告の主張は,失当という以外にない。

2−9 数値限定発明における臨界的意義の立証の必要性について
【判決番号】H15 630 東京高裁 平成13行ケ413 特許権 無効審判 審決(請求認容)維持
【審判番号】無効2000−35108号
【発明の名称】「銅ピリチオン含有非ゲル化ペイント」

【本件発明】
向上した殺生物効力および耐ゲル化性を特徴とするペイントまたはペイント基材組成物において,ペイントまたはペイント基材が,酸化第一銅および銅ピリチオンまたはピリチオンジスルフィド(注,「ピリチオンジスフィド」は誤記と認める。以下同じ。),またはその組合わせから本質的になる殺生物剤を含有し,銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドは,ペイントまたはペイント基材の全重量に基づき,1%から6%の量で存在し,酸化第一銅は20%から70%の量で存在する上記ペイントまたはペイント基材組成物。

【争点についての原告主張の要点】
(1) 原告は,先願発明は単純併用説に基づく上位概念であり,本件発明1は配合比限定説に基づく下位概念であって,先願発明に具体的に開示された実施例の開示は削除されているのであるから,先願明細書の開示により本件発明1が拒絶されることはない。
(2)本件発明の銅ピリチオン含量について,補正前の「約1%から約25%」(甲5,8頁「請求の範囲」2)から「1%から6%」へ減縮したのは,先願発明との重複を除くためにしたものであるから,「1%から6%」についての臨界的意義を実証する必要はない。

【裁判所の判断】
(1)数値限定発明において,後願発明の数値範囲が先願発明の数値範囲に包含される場合,後願発明の新規性の判断に当たっては,数値限定の技術的意義を考慮し,数値限定に臨界的意義が存在することにより,当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときに限って,新規性が肯定されるところ,本件発明の数値限定に臨界的意義が存在するものということはできないから,原告の上記主張は,採用することができない。
(2)本件発明は,「ペイントまたはペイント基材の全重量に基づき」,銅ピリチオンを「1%から6%」に限定する発明であり,このような数値限定について,格別の効果があり,その臨界的意義が存在するというためには,実施例で具体的に示されているもの(5.01%)を含む「1%から6%」の範囲の全体が,実施例のものと同様に,かつ,それ以外の範囲のものと比べて格別の優れた作用効果を奏することが必要である。したがって,「1%から6%」についての臨界的意義を実証する必要はないとの原告の上記主張は,失当というほかない。

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