1.ブラジル連邦共和国の概要
ブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」と略す)は、南米大陸の約半分の領土を有しており、人口も約2.094億人と世界第5位(2019年)の人口を擁している。また、GDPも世界第9位(2019年)とBRICsの一角として産業的にも重要な位置を占めている。
ブラジルはパリ条約の設⽴当初からの批准国であり、WTO協定、PCT、TRIPs協定にも加盟し ている。また、2019年10月より商標の国際登録を簡素化するマドリッド協定議定書に加盟している。
ブラジルでの知的財産を保護するに関してはブラジル産業財産法が制定されており、特許(実用新案含む)、意匠および商標に係る権利取得が可能である。
2.ブラジル産業財産権の概要
表1に各保護対象に共通する事項を示す。日本の各法域と共通する事項が多いが、大きな相違点として、実用新案の審査制度が採用されており、意匠の審査制度が採用されていない点が挙げられる。
表1
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発明(特許) |
実用新案(特許) |
意匠 |
商標 |
現地代理人の 必要性 |
要 |
出願言語 |
ポルトガル語 |
審査制度 |
有 |
有 |
無 |
有 |
審査請求 |
出願から36月 (第33条) |
無 |
無 |
無 |
存続期間 |
出願から20年 (但し特許付与日から10年
未満であってはならない) |
出願から15年 |
出願から10年 (5年ずつ3回延長可能) |
登録から10年 (更新可能) |
異議申立 |
無 |
無 |
無 |
有(公開から60日) |
無効審判 |
有 |
実施/使用義務 |
3年不実施で 強制ライセンスの対象 |
無 |
無 |
5年不使用で 取消の対象 |
備考 |
登録前に 情報提供可能 |
登録前に 情報提供可能 |
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先願主義 |
3.ブラジル特許出願の概要
ブラジル特許法の特許出願について、出願から特許権取得までの概要を以下に示す。
(1)特許の種類
数学的手法、抽象的概念、人的取り決め、コンピュータプログラムそれ自体、治療方法、生物のゲノム等から分離された生物材料および生物学的物質等以外が保護対象となる(上記不特許事由以外の物(医薬品含む)、方法、製造方法が対象となる)(第10条、18条)。
日本と異なり、コンピュータプログラムそれ自体は特許発明とならない点に留意すべきである。コンピュータ関連発明(コンピュータプログラムの使用を含む発明)およびコンピュータプログラムを記録した記録媒体は保護対象となる。
実用品またはその一部であり、物品の形状または構造を有する物である(第9条)。
発明出願または特許発明に関連する発明の改良または進歩を保護するために、追加証明書の出願ができる(第76条、77条)。
追加証明書は進歩性の登録要件が問われないが、発明と同じ発明概念に含まれることを要する。
(2)出願の形式
直接出願、PCT出願、外国語書面制度あり(規則4.3.1.)。
出願に際してパリ条約の優先権を主張できる(第16条)。
分割出願制度あり(第26条)。分割出願は、審査が終了(拒絶査定)後は、審判請求の有無に関わらず分割出願ができない。審査がいつ終了するかは予想できないため、分割出願を希望する場合は、早めに分割出願を行うことが望ましい。
(3)出願書類
特許出願には、以下の書類が含められる。
願書、明細書、クレーム、必要な図面、要約書(第19条)
なお、実用新案に係る特許出願の場合、図面は必須書面である(規則4.3.)
明細書等はポルトガル語による必要がある。このため、ブラジルへ直接出願またはPCT出願の国内移行の何れであっても、早期に英文明細書等を現地代理人へ送付する必要がある。
(4)出願公開
出願から18月経過後に出願公開される(第30条)。また、早期公開請求制度がある(第30条)。
日本と異なり、取下げまたは放棄された特許出願も強制的に公開される点に留意すべきである(第29条)。
(5)補正可能な時期
・補正命令を受けたとき
・出願審査請求の前
・特許性がないことの見解書が出されてから90日以内(拒絶理由通知は公報に公開されるだけで、出願人や代理人に送付されない)
(6)審査請求
日本と同様に審査請求制度がある。発明に係る特許出願が審査に付される為には、出願から36月以内に審査請求を要する(第33条)。ブラジル出願がパリ条約による優先権の主張を伴う場合においても、請求期間の起算日は実際にブラジル特許出願がされた日である。審査請求なき場合、出願は最終的に取り下げたとみなされる。
なお、出願から36月経過後、無効処分に付された日から60日以内であれば、出願人による審査請求により無効処分が解除される。
★特許審査ハイウェイ
日本国特許庁(JPO)とブラジル産業財産庁(INPI)は、2017年4月1日より技術分野制限のある特許審査ハイウェイ試行プログラムを開始し、2019年12月1日より技術分野制限を撤廃しました。
さらに、2022年1月1日より、第3フェースが開始となり、PPHの件数制限が緩和されるとともに、PCT国際出願を基礎としたPPH申請(PCT-PPH)も可能となりました。
①PPH申請の対象となる技術分野
全技術分野
②PPH申請受付件数(2022年1月1日からの緩和後の件数)
従来の通常型PPHの総申請件数(日本を含めたブラジルとのPPH実施庁からの申請の総数)の上限は、年間700件(ただし、IPCセクション毎に年間150件の上限)。
さらに、PCT-PPHの総申請件数の上限は、年間100件。
(即ち、通常型のPPHとPCT-PPH併せて年間800件)
なお、第2フェーズ(2021年1月1日~12月31日)での総申請件数の上限は年間600件であり、2021年11月8日時点ですでに上限に到達していた。
③一出願人あたりのPPH申請可能件数(2021年1月1日からの緩和後の件数)
INPIが受け付けるPPH申請可能件数は、一出願人あたり1週間に1件までとなる。一方、JPOが受け付けるPPH申請には一出願人あたりの申請可能件数に制限はない。
④第一国出願の制限(日本の審査結果に基づくPPH申請の場合)
第一国出願がブラジルとPPHを実施している国のいずれかであればPPH申請可能
⑥第2フェーズ(2021年1月1日~12月31日)からの変更点
PPHの申請要件を満たしていない場合、第2フェーズでは要件を満たすために60日間の期限が与えられていたが、第3フェーズでは、要件を満たすための期限が与えられず却下される。
申請が拒否された場合、第2フェーズでは不服申し立ての機会が与えられていたが、第3フェーズからは不服申し立てもできない。
参考:
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/japan_brazil_highway.html(日本国特許庁HP)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/12/3f6b6a955ea4a649.html(日本貿易振興機構(ジェトロ)HP)
★グリーンパテント
環境技術に関する特許出願に対して、優先審査が受けられる。ブラジルの審査期間は6年前後と長期に亘るため、最終査定が2年以内になされる本制度は有益である。本制度が認められる出願数は500に限られる。
グリーンパテントに関する優先審査を受ける要件:
・代替エネルギー、輸送、省エネルギー等のグリーンパテントに関する特許出願であること
・ブラジル国内出願であること。在外者による出願であってもよい。PCT出願の場合、本要件を満たさない
(パリ出願は可能)。
・総クレーム数が15以下で、独立クレーム数が3以下であること
・所定の手数料を納付し、所定の申請書を提出すること
(7)office action
日本と同様に新規性、進歩性、産業上の利用可能性(第8条,9条,11条,13条,14条,15条)および不特許事由(第10条,18条)が課せられる。
「絶対的新規性」(第11条(2))
出願後に公開された先の出願の明細書等に記載された発明は登録を受けられない(絶対的新規性)。つまり、日本国特許法29条の2のように、発明者同一または出願人同一であっても救済規定がないので注意が必要である。
審査の過程において、出願人は原出願国の関係書類に含まれるクレームの翻訳文提出を要求される場合がある。提出期間は通常60日である(規則7.1.)。
なお、ブラジルでの出願書類が原出願国での提出書類に漏れなく含まれているとの出願人の陳述書によって上記翻訳文を代替可能である。
新規性喪失の例外は12月である(第12条)。
① 発明者による開示日から12月
②発明者から得た情報または発明者の行為の結果に基づき、特許庁が発明者の同意なく行った出願の公開による開示日から12月
③発明者から直接若しくは間接に得た情報に基づいた、または発明者の行為に基づいた、第三者による開示日から12月
- ・拒絶査定に対する審判制度あり(第212条)拒絶決定の日から60日以内に審判請求可能。
(8)特許権の発生
特許出願が許容された日から60日以内に手数料納付を要する(第38条)。
なお、60日を経過した場合であっても追加手数料納付による追納が可能である。
特許出願から 20 年間か、あるいは特許発行日から 10 年間のいずれか長い方まで特許権が存続する。
(9)無効審判
- ・利害関係人は、特許付与後6月以内に無効を請求することができる。(第51条)
- ・利害関係人は、特許権の全存続期間にわたって、連邦裁判所に無効の申立を行うことができる。(第56条、同法第57)
4.ブラジル商標出願の概要
(1)商標の種類
日本と同様に、文字商標、図形商標、記号商標、結合商標および立体商標に係る出願が可能である。
(2)出願の形式
・直接出願
⼀出願多区分制度なし
パリ条約の優先権の主張可能
・マドプロ出願
登録料の2段階納付が必要
マドリッド協定議定書効力発生日(2019/10/2)前の国際登録を基とする事後指定不可
(3)マドリッド協定議定書に加盟しているため、マドプロ出願においてブラジルを指定することができる。
(4)出願公開・審査請求
出願公開制度および審査請求制度なし。
(5)office action
外国または国際機関の紋章等;識別力のない商標;公序良俗に違反する商標;地理的表示に係る商標;他人の登録商標、などが不登録事由となっている点は日本と同様である(第124条)。
(6)異議申立制度等
異議申立制度:有り。商標権付与前の公告から60日間、申立て可能。
無効審判制度:有り。
行政上の無効手続(無効審判):登録の付与日から180日以内にINPIに対して行うことが可能。
司法上の無効手続(無効訴訟):登録の付与日から5年以内に連邦裁判所に対して行うことが可能。
不使用取消制度:有り。登録日から5年経過後において請求可能。
5.品種登録制度
UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)の加盟国であり、品種登録制度による新品種の保護が可能である。UPOV条約は、植物の新品種を各国が共通の基本的原則に従って保護することを目的として締結された条約であり、新品種の保護条件、最低限の保護期間、内国民の優遇などの基本原則が定められている。
6.ブラジル知的財産権法
7.参考URL
http://www.inpi.gov.br/
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/brazil/ipl/mokuji.htm
以上