1.はじめに
近年、経済発展が著しい新興国と言えばBRICsである。BRICsは、米国ゴールドマン・サックス社のレポート『Building Better Global Economic BRICs』で用いられ、世界中に広まった語であり、ブラジル、ロシア、インド、中国の4か国を指す。
本稿では、世界経済の牽引役として定着した観のあるBRICsの次の新興国として注目を集めているトルコ共和国(以下、トルコ)をテーマに、トルコが注目を集めている理由について分析すると共に、トルコにおける発明の権利化の流れについて概説する。
2.トルコの概要
トルコは、西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる共和国である。
トルコは、ヨーロッパ、アジア、及び中東地域の中間地点にあることから、古くより「東西文明の十字路」として栄えている。トルコの国土は日本の約2倍(約78万平方km)、人口は7,372.3万人(2010年)で、中東地域を代表する大国である。住民の大多数はイスラム教徒であり、政教分離による近代化を果たしたイスラム教国としても有名である。外交面では、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として伝統的に西側の一員である。
3.トルコが注目されている
BRICsの語の生みの親であるゴールドマン・サックス社は、BRICsの次に高度成長を遂げる新興国としてNEXT11を提唱している。トルコは、このNEXT11に含まれている。
また、BRICs経済研究所の代表であるエコノミストの門倉貴史は、BRICsの次に高度成長を遂げる新興国としてVISTA(ビスタ)を提唱している。このVISTAの「T」が、トルコなのである。
このように、トルコは、BRICsの次の新興国として注目を集めている。
また、トルコは、G20(金融世界経済に関する首脳会合)にも名を連ね、2009年には、国連安保理の非常任理事国入りも果たしており、国際社会での発言力も増している。
4.トルコが注目される理由
次に、トルコが注目される理由について考察する。
まず、BRICsの急成長が何に支えられているかを分析すれば、BRICsは、何れも①十分な労働力及び②豊富な資源という急成長を支える基盤を有している。そしてこれらの基盤に、③外国資本の流入による生産力の向上という要因が加わることにより、急激な経済成長が成し遂げられていると考えられる。
そして、トルコにおいても、上記①~③の要素を備えていると考えられるのである。
まず、①について、トルコの人口は、7,372.3万人(2010年)であり、ヨーロッパの先進国と比べても多い水準にある。また、少子高齢化が進む先進国とは異なり、トルコにおける労働力人口は右肩上がりに推移しており、経済成長を支える労働力を有していると言える。
次に、②について、トルコは、地下資源に恵まれている。石炭、マグネシウムの産出量は世界的に見ても多く、アンチモン、金、鉄、銅、鉛、ボーキサイトも産出する。また、原油、天然ガスの採掘も進められている。
そして、③について、近年では、世界の大手自動車メーカー(トヨタやフィアット、ルノー等)と国内の大手財閥との合弁事業が、トルコ経済の柱となっており、ヨーロッパ向け自動車輸出は有力な外貨獲得源になっている。
以上のように、トルコは、経済成長のための基盤を有し、外国資本の導入も進みつつある。
さらに、トルコは、石油資源の豊富な中東地域と、大規模な市場であるヨーロッパ地域との中継地点に位置するという地の利を有している。
このため、今後、自動車以外の製造業においても、外国資本の導入により、ヨーロッパやロシア向け物品の生産拠点として急成長する可能性を秘めていると言えよう。
また、トルコは、現在EUへの加盟交渉中であり、EUへの加盟が成れば、トルコの経済成長にも弾みがつくと思われる。
5.トルコにおける特許出願の状況
続いて、トルコにおける特許出願の状況について概説する。
トルコ国内居住者からの出願は、トルコの経済成長を反映してか、1995年から一貫して増加している。2010年における出願件数は約3250件である。
EPC加盟後、トルコへの出願において最も大きいウェイトを占めるのは、EPC経由の出願となっており、2010年におけるEPCルートでのトルコ出願件数は、約5093件である。
日本からトルコへの特許出願件数は、1999年には73件であったが、2009年には141件となっており、ほぼ倍増している。また、2010年には189件となっており、中国等の他の新興国への出願件数には遠く及ばないものの、出願件数は着実に増加している。
なお、韓国は2009年の出願件数が41件、中国は23件であり、出願件数は増加傾向にあるが、今のところ出願件数が多いとは言えない。
このように、トルコにおける出願件数は、年々増加しており、トルコがヨーロッパ等向けの生産拠点としてのポテンシャルを有していることから、今後も出願件数が増加していくことが予想される。
〔参考〕トルコにおける国別の出願件数の推移(グラフ)
6.トルコにおける権利取得
(1)出願ルート
続いて、トルコにおいて発明を権利化するための方法について概説する。
トルコは、パリ条約、EPC、及びPCTに加盟している。
このため、外国人がトルコで権利取得するためには、
の何れかのルートでトルコ特許庁(以下、TPI)に出願を行うことになる。
(2)権利化までの流れ
トルコの特許法では、実体審査を伴い、7年の存続期間を有する特許(以下、7年の特許)と、実体審査を伴い、20年の存続期間を有する特許(以下、20年の特許)とが規定されている点が、日本の特許法と大きく異なる。
以下では、トルコにおいて、7年の特許または20年の特許を取得するまでの手続きの流れについて、フローチャートを用いて説明する。
特許出願を行う(S1)と、まず、方式審査が行われる(S2)。方式審査において不備が発見された場合には、拒絶理由が通知され、意見書・補正書の提出機会が与えられる。
出願書類は、わが国と同様、願書、明細書、特許請求の範囲、要約書、及び必要な図面である。出願言語はトルコ語であるが、英語、フランス語、またはドイツ語による出願書類の提出も認められており、この場合には出願日から1ヶ月以内に、追加手数料と共にトルコ語の翻訳文を提出する必要がある。
方式審査を終え、出願日から18月(優先権主張を伴う場合には優先日から18月)が経過すると、出願公開が行われ、出願内容が公報に掲載される(S3)。
ここで、トルコ出願の場合、出願日から15月以内(優先権主張を伴う場合には優先日から15月)以内に先行技術調査の請求をしなければならない(S4)点に注意が必要である。先行技術調査の請求を行わなければ出願は取り下げられたものとみなされる。
先行技術調査の請求を行うと、先行技術調査の報告書が通知され(S5)、出願人は、この通知後3月以内に、7年の特許および20年の特許の何れを選択するかの宣言をしなければならない(S6)。
また、先行技術調査の報告書の通知後、3月が経過すると、先行技術調査の報告書と、7年の特許および20年の特許の何れが選択されたかが公表され、公表後、6月以内に、第三者は公表された発明は特許要件を満たさない旨の申立(付与前異議申立)を行うことができる。
S6で7年の特許を選択した場合、7年の特許は実体審査を伴わないため、異議申立の有無にかかわらず、出願は登録査定となる(S7)。この後、所定期間内に登録料を納付することによって、特許権が付与され、登録内容が公表される(S8)。
なお、7年の特許は、その存続期間の満了までの期間であれば、実体審査を受けて20年の特許に変更することができる。変更を行わない場合(S9でNO)には、出願から7年で存続期間が満了する(S10)。
一方、S6で20年の特許を選択した場合、先行技術調査の報告書の公表の日から6月以内に実体審査の請求を行う必要がある(S11)。
なお、S6で20年の特許を選択した場合に、先行技術調査の報告書の公表の日から6月以内に付与前異議申立があったときには、その旨が出願人に通知され、出願人はその申立に対して応答書を提出することができ、また補正をすることもできる。
実体審査の請求が行われた後、実体審査が開始される(S12)。実体審査において、特許要件を満たしていないと判断された場合には、その旨が出願人に通知され、意見書・補正書の提出機会が与えられる。
特許要件としては、我が国と同様、新規性、進歩性、産業上の利用性が要求される。また、発見や科学的な理論、計画や精神的な行動や活動に関する方法や規則等、公序良俗に反する恐れがある発明は、わが国同様、特許の対象とならない。なお、わが国では特許の対象となっているコンピュータープログラムは、トルコでは特許の対象とならない点には注意が必要である。
実体審査において、特許要件を満たしていると判断されたときには、登録査定となり(S13)、登録料納付によって特許権が付与され、登録内容が公表される(S14)。そして、出願から20年で存続期間が満了する(S15)。
7.トルコにおける他の出願態様
トルコには、上記7年の特許及び20年の特許(通常の特許)の他、「追加特許」と「秘密特許」という出願態様が存在する。また、「実用証」の出願も認められている。
以下では、これらの出願態様について概説する。
(1)追加特許
追加特許の対象となる発明は、主特許の発明を改善発展させる発明であり、追加特許の要件は、主特許と包括的性質の主要発明概念を共有し、主特許の発明を改善発展させるものであることである。つまり、追加特許には、新規性・進歩性の要件は求められない。
追加特許の出願可能期間は、主特許の査定が出るまでである。ただし、主特許に拒絶査定が出た場合は追加特許は付与されない。
出願手続中であれば、追加特許の出願を主特許の出願に変更することができる。
(2)秘密特許
秘密特許とは、TPIが国防上重要であると特定した発明に係る出願を、出願日から5月間まで守秘することができるものである。
このため、わが国から秘密特許の出願を行うことは考え難い。
(3)実用証
実用証の保護対象は、特許と同様に「発明」であるが、方法の発明、製造方法の発明又は化学物質に関する発明については、実用証の保護対象外である。実用証の権利存続期間は出願から10年である。
実用証の登録要件は、「新規でかつ産業上の利用性を有する発明」である。日本の実用新案と同様、審査段階では、方式的要件を満たしているか否か、出願の主題が保護対象に合致しているか否かについてのみ審査される。
実用証出願は、登録査定までの期間であれば、特許出願に変更することができ、特許出願から実用証出願への変更も可能である。
8.トルコにおける商標出願について
トルコにおける商標出願件数は、1998年には19,790件であったが、2008年には74,991件に倍増している。経済成長に伴って、商標権による保護のニーズが高まっていることが伺える。なお、2009年の商標出願件数は71,604件であり、2008年と比べると減少している。
2009年の商標出願件数のうち、トルコ居住者による出願件数は59,838件であり、出願の大部分がトルコ居住者によってなされている点が、特許出願と対照的である。なお、日本からトルコへの商標出願件数は365件である。
トルコは、パリ条約及びマドリッド協定議定書に加盟しており、商標に関する法令の基本部分は先進国とほとんど変わらない。パリ条約に基づく優先権主張出願が可能であり、マドリッド議定書加盟国への出願・登録を基礎として、トルコを指定国に選択して出願することもできる。
商標出願は、方式審査及び実体審査を経て出願公開される。出願公開後3ヶ月以内が異議申立期間となっており、利害関係人であればこの期間に(付与前)異議申立が可能である。なお、利害関係人でなければ、(付与前)所見提出により、出願商標が不登録事由に該当することを主張する意見書を提出することができる。異議申立との相違は、TPIにおける手続の当事者となれるか否かである。
そして、審査の結果、欠陥がないと認められる場合、不備が補正された場合、所定期間内に異議申立がない場合、または商標登録に対する異議が最終的に拒絶された場合に、登録査定となる。トルコの商標権の存続期間は、出願から10年であり、10年ごとに更新ができる。
9.トルコ関連情報へのリンク(※20100730追記)
トルコ特許庁:
http://www.turkpatent.gov.tr/
トルコ特許法(和文、日本国特許庁から出されているもので、条文の概要確認に便利。特許規則、商標法、意匠法等の和文もある):
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
トルコ特許法(英文、トルコ特許庁HPに掲載):
http://www.turkpatent.gov.tr/portal/default_en.jsp?sayfa=121
世界の産業財産権制度および産業財産権侵害対策概要ミニガイド(トルコにおける知的財産権の制度及び保護の概要が記載されています):
http://www.iprsupport-jpo.jp/soudan/miniguide/miniguide.html
模倣対策マニュアル(トルコにおける知的財産権保護について詳細に記載されています):
http://www.jpo.go.jp/torikumi/mohouhin/mohouhin2/manual/manual.htm
トルコ特許庁データベース (トルコ特許の検索ができます。ただし、キーワード検索はトルコ語で行う必要があります):
http://online.tpe.gov.tr/EPATENT/servlet/EPreSearchRequestManager
〔参考〕トルコの経済概況
| 産業割合(トルコ国家統計庁、2009年) |
サービス業(56%)、工業(19%)、農業(25%) |
| GDP(2009年) |
6,155億ドル |
| 1人当たりGDP(2010年) |
10,399ドル |
| 経済成長率(2010年) |
-8.9% |
| 主要貿易品目(トルコ国家統計庁、2009年) |
(1)輸出 自動車(12.0%)、機械類(8.0%)、鉄鋼(7.5%)(2)輸入 石油・天然ガス(21.1%)、機械類(12.2%)、鉄鋼(8.7%) |
| 主要貿易相手国(トルコ外国貿易庁、2009年) |
(1)輸入 露(14.0%)、独(10.0%)、中(9.0%)…日本(2.0%、第11位)(2)輸出 独(9.6%)、仏(6.1%)、英(5.8%)…日本(0.2%、第67位) |
| 通貨 |
トルコ・リラ |
以上