医薬品の特許保護について
平成20年2月1日
特許業務法人 原謙三国際特許事務所
文責:弁理士 山口 充子
改正欧州特許条約の下での医薬品の特許保護について
2000年11月に採択された、改正欧州特許条約(EPC2000)は2007年12月13日に発効しました。EPC2000では、広範囲にわたる改正が行われており、改正前の欧州特許条約(EPC1973)の医薬用途発明に関する第54条(5)も改正されました。
EPC1973の第54条(5)では、公知の物質又は組成物であっても、それが初めて治療又は診断の方法に用いられる場合に限り、新規性が認められることが規定されていました。これを第一医薬用途といいます。第一医薬用途については、「医薬としての使用のための物質X」(Substance X for use as a medicament)のような広いクレームでの権利化が認められていました。
しかし、EPC1973の規定では、同じ物質又は組成物について、第一医薬用途とは別の医薬用途(第二医薬用途)について特許による保護を受けることができませんでした。すなわち、ある公知の物質又は組成物が、初めて疾患Aの治療に有効であることが見出された場合、第54条(5)により特許を取得することができましたが、その後別の疾患に有効であることが見出された場合でも、物としては特許を受けることができませんでした。
また、第二医薬用途を方法として規定する「疾患Yの治療のための物質Xの使用」(Use of substance X for treatment of disease Y)のようなクレームは、治療方法に該当するため、産業上利用可能な発明でないとして特許を受けることができませんでした。
そこで、かかる不都合を解消するため、欧州特許庁では、第二医薬用途を、「治療的使用Zのための医薬の製造のための物質Xの使用」(Use of substance X for the manufacture of a medicament for therapeutic application Z)のように、「製造のための物質の使用」という特殊な形式で登録していました。このようなクレーム形式はスイス-タイプクレームとよばれ、拡大審判部の審決にて認められたものです(G5/83,OJEPO/1985,64)。
多くの締約国の裁判所や審判部は、欧州内での判断を統一すべく、スイス-タイプクレームを認めてきました。しかし、オランダなどでスイス-タイプクレームの有効性に対する疑問が呈されていました。1)
EPC2000では、第54条(5)により、かかるスイス-タイプクレームの法的不安定性を排除し、医薬としてすでに知られている物質又は組成物の第二医薬用途発明を保護できることを明確にしています。改正後の第54条(5)による保護は、スイス-タイプクレームによる保護と同等であるとされています。1)
2007年に改定されたガイドライン(Guidelines for Examination in the European Patent Office(status December 2007))2)によれば、改正後は、第一医薬用途及び第二医薬用途以降のさらなる医薬用途について、「疾患Yを治療するための物質X」(Substance X for curing disease Y)のようなクレーム形式で新規性が認められるようになります。
従来のスイス-タイプクレームについては改正後も第一医薬用途及び第二医薬用途以降のさらなる医薬用途について用いることができるようです。2)
また、改正後も「疾患Yの治療のための物質Xの使用」(Use of substance X for treatment of disease Y)のようなクレームは、治療方法に該当するため、不特許事由として特許を受けることはできません。なお、EPC1973では治療方法等は産業上利用可能な発明でないとされていましたが、改正後はこれが不特許事由として明確化されています。治療方法等を特許付与の対象外とする点では基本的な考え方に変わりはないといえます。
日本における医薬品の特許保護について
日本では2005年4月15日の審査基準の改定で設けられた医薬発明の審査基準により、現在下表左欄の対象について特許による保護を受けることができます。なお、下表右欄には、クレームの例として審査基準で例示されているものを示しています。
第一医薬用途
「化合物Aからなる医薬。」、「化合物Aからなる疾患X治療薬。」
第二医薬用途
「化合物Aを有効成分とする疾患Z治療薬。」
「化合物Bを有効成分として含有する疾患Y治療用組成物。」
組み合わせ
「化合物Cと化合物Dとを組み合わせてなる疾患W治療薬。」
「化合物Cと化合物Dとを組み合わせてなる疾患W治療用配合剤。」
「化合物Cを含有してなる薬剤と、化合物Dを含有してなる薬剤とからなる疾患W治療用キット。」
投与間隔・投与量
「初回に、5.0mg/kg~10.0mg/kgの量で投与し、その後一回当たり0.3mg/kg~0.5mg/kgの量で隔日投与されることを特徴とする、
α型の遺伝子を有する患者を治療するための、
化合物Eを含有する疾患V治療薬。」*1
「化合物Fを、1投与単位あたり550mg~600mg含有するように製剤化したことを特徴とする経口用免疫増強剤。」*2
2005年4月15日に改定された審査基準に基づき、投与間隔・投与量等の治療の態様で特定される医薬発明についても特許が認められることとなったとされています。
但し、審査基準によると、*1のように疾患V治療薬として請求項化される場合、投与間隔・投与量等の治療の態様で特定される医薬発明と、引用発明とが、投与間隔・投与量等の治療の態様において相違するのみでは新規性は認められず、(a)その対象患者群と引用発明の対象患者群とを当業者が明確に区別することができるか、(b)その適用部位等の適用範囲と引用発明の適用範囲とを当業者が明確に区別することができるかの何れかを満たすことが求められています。
なお、投与間隔・投与量等の治療の態様で特定される医薬発明の中でも、*2のように投与間隔・投与量等の治療の態様が剤型に反映されることにより、当該発明と引用発明とを当業者が明確に区別することが可能となった場合には、対象患者群や適用範囲を規定しない場合にも新規性が認められるとされています。このことは投与間隔・投与量等の治療の態様で特定されるキットの場合も同様です。
かかる投与間隔・投与量等の治療の態様で特定された医薬の発明については、2005年4月~2007年7月の間に1件登録されているようですが3)、まだ殆ど審査が行われていない状況であることから、今後の運用がどのようになされるのか注目されるところです。
また、投与間隔・投与量等の治療の態様という経時的要素を含む対象を、物として保護するという制約上、今後裁判で投与間隔・投与量等の治療の態様で特定された医薬の発明の権利範囲がどのように判断されるのかは非常に興味深いところであるといえます。
注)
1)http://www.european-patent-office.org/epo/pubs/oj007/08_07/special_edition_4_epc_2000_synoptic.pdf
2)http://www.epo.org/patents/law/legal-texts/guidelines.html
3)「ライフサイエンス分野プロジェクトチーム調査検討報告書」知的財産戦略本部知的財産による競争力強化専門調査会ライフサイエンス分野プロジェクトチーム