「人間を手術、治療又は診断する方法」に関する特許審査基準の改訂
2003年12月5日
原謙三国際特許事務所
弁理士 金子一郎
1.要約
人間を手術、治療又は診断する方法に関する審査基準が改訂され、従来、特許付与の対象とされていなかった、治療のために同一人に戻すことを前提にして、人間から採取したものを原材料として医薬品等(例:培養皮膚シート、人工骨)を製造する方法が、新たに特許の対象とされることとなった。
改訂後の審査基準は2003年8月7日以降に審査される出願に対して適用される。
2.今回の審査基準の改定に伴い、新たに特許の対象となるものの具体例
特許の対象となるもの
(発明の名称)
遺伝子治療のための細胞の製造方法
(特許請求の範囲)
人体から取り出されたW細胞に、X蛋白質をコードするDNAとY蛋白質をコードするDNAを含むZベクターで遺伝子を導入する、癌治療用細胞の製造方法。
(発明の詳細な説明の抜粋)
この製造方法により得られた癌治療用組換え細胞製剤により、癌組織特有の血管新生が抑制され、同時に免疫が刺激されることによって癌が縮小することが明らかとなった。
細胞は、血縁にあたる提供者に由来するものも用いうるが、患者本人の細胞を使用することが適合性の観点から最も望ましい。
[説明]
人間から採取した細胞を原材料として遺伝子組換え細胞製剤などの、医薬品を製造するための方法は、発明の詳細な説明に記載されるように患者本人から採取したものを使用することを含んでいても、「人間を手術、治療又は診断する方法」には該当しない。
特許の対象とならないもの
(発明の名称)
遺伝子治療方法
(特許請求の範囲)
X蛋白質をコードするDNAとY蛋白質をコードするDNAを含むZベクターをヒトに注射することにより、癌を縮小させる方法。
(発明の詳細な説明の抜粋)
この遺伝子組換えベクターをヒトに注射することにより、癌組織特有の血管新生が抑制され、免疫が刺激されることによって癌が縮小することが明らかとなった。
[説明]
遺伝子組換えベクターを人体に注射をすることを含む方法は「人間を治療する方法」に他ならない。
3.医療行為に関する発明に対する各国の取り扱い比較表
 |
日本 |
米国 |
欧州 |
| 人間を手術、治療又は診断する方法 |
× |
○ |
× |
| 遺伝子治療用の細胞の製造方法(自家) |
×→○ (改訂) |
○ |
○ |
| 医療機器 |
○ |
○ |
○ |
| 医師の行為に対する効力留保規定 |
無し |
有り |
無し |
| 動物の手術方法 |
○ |
○ |
× |
4.特許審査基準の改訂の背景
(1)医療関連の発明への特許付与めぐる状況
近年進展の著しい再生医療及び遺伝子治療関連技術については、皮膚の培養方法、細胞の処理方法等の新技術が生まれている。また、生物由来製品の生産等が医師以外の者により担われる傾向にあり、これらの加工・処理された生物由来の製品について医薬品又は医療機器として当局の製造承認を得る事例も今後増えていくことが予想される。このような環境変化の中で、生物由来製品の加工・処理・生産に係る医療関連発明について特許化の要請が大きく、特許法における取扱いを明確化することが必要となった。
(2)再生医療にかかる処理方法の取り扱い(改訂前)
改定前審査基準においては、人間から採取したもの(例:細胞)を原材料として医薬品や医療機器(例:培養皮膚シート)を製造する方法については、製造された医療機器等を他者に移植するか(他家か)、同じ者に戻すか(自家か)で特許付与の有無を区別し、同じ者に戻す(自家)場合は、「採取したものを同一人に治療のために戻すことを前提にして、採取したものを処理する方法(例:人工透析方法)であるとして、「人間を手術、治療又は診断する行為」に該当し、特許の対象としないという運用をしていた。
しかし、これらの人間から採取したもの(例:細胞)を原材料として医薬品や医療機器(例:培養皮膚シート)を製造する行為が、医療現場を離れて企業において行われるようになりつつある現状を考慮すると、少なくともこれらの技術に関しては、製造された医療機器等を他者に移植するか(他家か)、同じ者に戻すか(自家か)に関わらず、産業上利用可能である。よって、特許を認めることによって、これら技術の事業化を促進する必要性があるといえる。
(3)人間を手術、治療又は診断する方法に関する審査基準の改訂
以上の議論を踏まえ、従来、特許付与の対象とされていなかった、治療のために同一人に戻すことを前提にして、人間から採取したものを原材料として医薬品等(例:培養皮膚シート、人工骨)を製造する方法が、新たに特許の対象とされることとなった。