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タンパク質の立体構造情報等の保護について

2004年1月20日
特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
弁理士 黒田 敏朗

Ⅰ.はじめに
20世紀は「エレクトロニクスの時代」であったと評されるが、21世紀は「生命科学すなわちライフサイエンスの時代」になるといわれている。ライフサイエンスは、医薬品、食品、化学品、環境などの幅広い産業分野への応用が期待される技術分野であり、我が国でも「科学技術基本計画」(参考文献(1))における重点4分野の一つとして挙げられている。

これまでのライフサイエンスの歴史を見てみると、自然界の生物およびその成分を分析して有用なものを利用する生物化学の時代を経て、1970年代後半にはそれらを遺伝子レベルで改変して有用物質を創出する遺伝子工学の時代を迎えた。1990年代後半から2000年の初めにかけては、生命の仕組みを丸ごと理解してこれを活用するために、ヒトを始めとした動植物・微生物の染色体を構成しているDNAの配列を地図にして示すとともに、さらに一歩進めて全ゲノム情報を解読しようとするゲノム解析の時代が到来した。そして、2000年6月26日に、国際ヒトゲノムプロジェクトと米国セレラ・ジェノミクス社(Celera Genomics)とがヒトゲノムの解読完了を報告し、また2003年4月14日にはヒトゲノムの高精度の解読が完了したと報告された。これらのプロジェクトに基づくゲノム情報を基盤とし、現在ではそれらの遺伝子および遺伝子産物であるタンパク質の機能を解析しようとするポスト・ゲノム時代に突入している(参考文献(2)、(3))。

ゲノム情報・遺伝子情報に基づいたタンパク質の研究は、高い経済的価値を即座に生む可能性があり、その成果物を元にバイオベンチャーを起業する研究者も増加している。このようなタンパク質の構造・機能の解析を目的とした研究としては、例えば、我が国においても、理化学研究所や大学等の研究機関が中心となって進めている「タンパク3000プロジェクト」などが挙げられる。

このような研究において、多大な資金と知的活動の結果として得られるタンパク質の構造・機能、およびその解明のために開発・利用された研究手法(リサーチ・ツール)は、非常に経済的価値が高い。このため、これらの研究成果を知的財産として、如何にして社会に還元していくかが大きな問題となっている。なかでも、タンパク質の3次元立体構造情報をどのように保護し、そして活用するかということが重要な問題となっている(参考文献(4))

Ⅱ.タンパク質立体構造データなどの特許法上の保護について
タンパク質の立体構造データは、X線結晶構造解析や核磁気共鳴分光法(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)を用いた知的生産活動の結果得られる、多大な労力の結晶であるから、安易な模倣や不正利用を防止すべく、然るべき権利による保護が必要であるとの意見が数多く存在する。これは、例えば、タンパク質の機能ドメインの構造情報やファルマコフォアデータなどの取得には多大の時間と費用とがかかる一方、合理的な薬剤設計に利用可能であり、それらデータ自体に多大な経済的価値が発生しているためである。

しかしながら、タンパク質の3次元立体構造情報等自体は、単なるデータ・コンテンツの開示であって、特許法上の発明に該当しないとして保護しないと、日本の特許庁・米国の特許商標庁・欧州の特許庁の、いわゆる三極特許庁の判断がなされている。例えば、我が国では、特許庁が、「タンパク質立体構造関連発明事例集」として、これらデータ等の審査における取り扱いのケース・スタディを公開している(参考文献(5))。

この事例集において、我が国特許庁は、例えば、タンパク質の立体構造座標データおよびファルマコフォアは、単なる情報の提示にすぎず、発明に該当しないと判断している(事例1,2)。また、立体構造座標データを用いたコンピュータスクリーニング方法等の、いわゆる仮想スクリーニングのクレームは、化合物を対象として何らかの処理を行うものでもなく、またソフトウェア関連発明としても開示が不十分であるとして発明に該当しないと判断している(事例3)。このように、我が国特許庁の判断では、いわゆる「バイオインフォマティクス成果物」のクレームはほとんど特許権により保護されない。

また、一方で現行特許法・審査基準の限界を明らかにすべく、これらタンパク質立体構造データやファルマコフォアデータを特許法上の「発明」であると認め、一定要件下、特許法で保護すると仮定した場合の問題点について考察する報告書も存在する(参考文献(6))。

この報告書によれば、タンパク質立体構造データを「発明」とみなし保護すると仮定した場合、『複製容易性』、『侵害立証困難性』、『絶対的独占権』、『審査の困難性』の問題点が存在する。
・ 『複製容易性』の問題として、データが第三者によって極めて容易にコンピュータにより複製することができるという問題点がある。
・ 『侵害立証困難性』の問題として、第三者がコンピュータ内でデータを使用した場合に、その事実の立証が困難であるという問題点がある。
・ 『絶対的独占権』の問題として、データ自体は「知識」であり、この「知識」に絶対的独占権を付与することは、その「知識」を用いた技術の研究・開発を著しく阻害するおそれがあるという問題点がある。
・ 『審査の困難性』の問題として、データの進歩性などを審査する場合、データの種類・性質により、データの価値が異なるため、それぞれのデータの価値を審査段階で精査し、適切な保護を与えることは極めて困難であるという問題点がある。
 したがって、タンパク質の立体構造データ等を現行の特許法により保護することには、自ずと限界があると思料される。

Ⅲ.特許法以外の保護について
また、上記報告書(参考文献(6))は、データ自体を特許法によって保護することは難しいと考えられるが、これらデータ自体に多大な経済的価値が発生しているのも事実であり、何らかの形でそれらデータの保護を実現することも必要であるとして、その解決案として、『(ⅰ)コピーマートによる流通』、『(ⅱ)独自立法』を提示している。
・ 『(ⅰ)コピーマートによる流通』とは、現状の契約ベースの保護を前提とした上で、タンパク質立体構造データやファルマコフォアデータを「コピーマート(copymart;著作権市場)」のようなデジタルコンテンツの一括公開・契約型の電子著作権管理システムに登録して、流通させるというものである。
・ 『(ⅱ)独自立法』とは、「コピーマート」のような統一的な「構造データ権利管理システム」に対する登録(登録主義)を前提とし、その登録内容について、所定の方式審査を行い、登録した構造データなどについて、独占的な権利(相対的独占権)を付与して、不正コピーなどに対する救済手段を与え、登録から一定期間後にデータ内容の公開を図るための公開制度を有する独自立法を制定することによる解決案である。

また、タンパク質立体構造データ等を保護する案として、上述の(ⅰ)、(ⅱ)以外にも、現在日本国に存在する法令によって、どのような保護が可能であるかについても検討されている。例えば、上記報告書では、特許法以外の法令による保護の可能性について、①営業秘密による保護、②契約法による保護、③一般不法行為法による保護、④著作権法による保護、⑤技術的保護手段による保護の5つに分けて述べている。

① 営業秘密による保護 :タンパク質の立体構造データなどは、秘密管理性、非公知性、有用性の3要件を満たすことにより、不正競争防止法第2条第4項に規定される「営業秘密」として保護される。この「営業秘密」に該当する場合には、不正競争防止法により、不正競争行為を行う者に対して、当該行為の差止請求権、及び当該行為によって生じた損害について損害賠償請求権が認められることになる。
② 契約法による保護 :タンパク質の立体構造データなどについても、当事者間で契約を任意に締結することによって、その利用における権原についての取引を行うこと自体は原則として妨げられない(契約自由の原則)。このため、データの利用契約を締結した者にのみ当該データを利用させることで、データの保護が可能となる。
③ 一般不法行為法による保護 :近時、著作権法の下で明示的な保護が認められない情報財であっても、一定の要件論の下で不法行為が成立するとの判例理論(車両データベース事件判決(参考文献(7))が現れており、それによると、(ⅰ)他人が費用と労力をかけて情報を収集・成立することで、データベースを作成し、(ⅱ)当該データベースの製造販売によって営業活動を行っており、(ⅲ)その者の販売地域と競合する地域において、(ⅳ)当該データベースのデータを複製して作成したデータベースを販売する、という4要件を充足すれば、不法行為を構成する場合があるとしている。ただし、不法行為法による保護の場合、法的救済は、損害賠償請求に留まり、差止請求権による救済は期待できないことに留意する必要がある。
④ 著作権法による保護 :現行著作権法によると、情報選択又は体系的構成における創作性を評価するものとなっているため、網羅的にタンパク質の立体構造データなどを解析し、集積したデータベースについては、素材の選択又は配列における創作性を有するような特定の編集が施されたデータベースなどを除いては、著作物として保護を受けることはできないと考えられる。
⑤ 技術的保護手段による保護 :立体構造データなどを集積したデータベース等の利用に際して、真正な利用者以外の利用やアクセスを排除するための技術的保護手段を設けることによる保護が考えられる。このような技術的保護手段を回避する行為を行うための装置やプログラムを譲渡するなどの行為については、不正競争防止法第2条第10項、第11項によって法的規制が行われている。

Ⅳ.最後に
以上のように、タンパク質の立体構造データなどは、単なる情報の提示にすぎないとして、現行特許法では特許権による保護対象とはならない。その一方で、特許法以外の法令による保護やそれ以外の解決案も考えられるが、やはり特許権による保護のような強力な保護とは程遠い。

多大な経済的価値を有し、知的な創造と経済のサイクルを回転させるために重要な知的財産であるタンパク質の立体構造データなどを、最適かつ国際的に保護する枠組み作りが急務であると思料される。そして、その保護の枠組みは、著作権のように無方式主義の半永久的な権利による保護ではなく、特許権のように登録主義を採用し、期間や保護範囲が限定されたものであって、かつ「保護を受ける者」と「情報を利用する者」との利害のバランスが調整されたものであることが好ましいと思料される。

Ⅴ.参考文献
(1) 「科学技術基本計画」( http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kihon/http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kihonkei/kihonkei.htm
(2) 「遺伝子ビジネスとゲノム特許」、編著/日本感性工学会・IP研究会、発行:財団法人経済産業調査会出版部 初版第1刷発行:平成13年3月10日
(3) 「ライフサイエンスに関する特許出願技術動向調査報告」、平成15年4月24日、特許庁総務部技術調査課
(4) 「疾走するバイオインフォマティクス−たんぱく質の構造情報を保護せよ−」、日経バイオビジネス 2003年9月号、p66-p68
(5) 特許庁 特許・実用新案審査基準 第Ⅶ部 特定技術分野の審査基準  http://www.jpo.go.jp/iken/pdf/3d_jirei.pdf
(6) 増岡 国久、平成14年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「ライフサイエンス分野の新出現技術関連発明の保護の在り方に関する調査研究」、平成15年3月
(7) 東京地裁・平成13年5月25日中間判決・判時1774号132頁、東京地裁・平成14年3月28日、本案判決・最高裁判所ホームページ知的財産権判例集: http://www.courts.go.jp

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